短編集

01


 悪い事をしてはいけないと教えてもらったのはいつだろう。子ども達はそれを覚えているのに、大人になると忘れてしまうのはどうしてだろうか。政治的策略に自らの欲望を乗っけて国をダメにしてしまっているのはそれを忘れてしまった大人である。

 人の為だと謳って悪徳商法を続ける販売員も苛立ちを抑え切れなくて人を殺してしまうエゴイストもみんな、みんな忘れてはいけない事を忘れてしまった大人の成れの果てである。そうはなりたくないものだ、と子どもながらに思っていた十年前の俺はそれを忘れていなかった。


 今だって忘れていない。
 悪い事はしてはいけない。


 だが大人は忘れてはいけないそれを忘れてしまう代わりに、人生の選択肢が一つ増えると言う特権を持っている。それは欲望を最優先すると言う快楽の選択。口も上手い、裏にも手が届く。そんな大人は、子どもではないから酷くずるいやり方で言い訳をする。

 それが大人。

 そして、俺は今、大人である。だが俺の言い訳は至極簡単なものである。覚えていてくれ。俺は悪い事をしてはいけないのは嫌になるほど知っている。だから俺は救いようのある大人なのだ。



 さて、じゃあ悪い事とは何なのか。人それぞれ違うであろう曖昧なボーダーラインをここではっきりとさせておこう。その為に、少年ハチの話をここに。曖昧な記憶を掘り返せその情景が鮮明に蘇って来る。王様に虐げられた、ハチの話をしてやろう。




   *




「ハチ」



 時間は深夜。場所はグレーが目立つ廃倉庫。下品な笑いが飛び交い、つまらない会話が冷たいコンクリートに反響しているくだらない場所である。廃倉庫にあるのは埃と沢山の荷物、そして小さな野望と冷めたプライド。それらを所有する三人の男はさらに小さくくだらない。

 格下しか相手に出来ない所謂、不良と言う奴である。



「ハチ、聞いてんのか」


「き、聞いてます」


「ならさっさと出せ」



 この小さく薄汚れた古ぼけた帝国の王様は中央の破れたソファーに腰をかけて右手を前に出していた。手の平は骨組みばかりの天井へ向けられている。何かが降って来るわけではない。

 降らせと命じる王様に従うのは、つまり、降らせるのは少年ハチである。


 ハチは震える手でポケットから折りたたみ財布を取り出した。茶色のシンプルな財布である。小銭は数枚、お札も数枚。カードも数枚。勿論、数枚のカードは全て病院の診察券である。

 病院を梯子した事があるのはこの場においてこのハチの他には居ないだろう。昔からひ弱な男は何処にでもいるものだが、ハチは自他共に認める、根っからのひ弱であった。

 だから、こんな事になっているのだ。



「早くしろ、ノロマ」


「っ、ごめんなさい」


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