短編集

「あっそう。じゃあな」



 ぐっ、と。押し付ける様に王様がハチの手を押した。軽い身体がバランスを失ってぐらりとふらつく。風は吹いている。風では人は飛ばないけれど、落ちる手助けくらいにはなる。

 ハチは重心を低くして落ちないようにと踏ん張った。そうしてフェンスの一番下をきつくきつく握り締めた。見上げれば、王様は笑っている。声を出して笑っている。飛び降りなかったハチを滑稽だと笑っている。



「そんなに辛かったのか。でもお前は俺の玩具。それがルールだ」


「る、ルール、なんてっ」


「って言うか、お前に死ぬ勇気があるなら俺が先に死んでやるよ」


「ぜ、絶対に? じ、じゃあ先に死んでよ!」


「絶対。でもお前その勇気ないだろ。だから今だって震えてる」


「っふる、震えてなんかっ」


「心配すんな。死んでも空に行くだけだ、見上げてやるよ」



 涙ながらに訴えるハチに対して王様はあくまで笑顔である。ハチは震える足を見ながら嗚咽を漏らした。


 情けない。
 死ねもしない。
 生きるならもっと
 楽しく生きたい。

 だけれどそれは叶わない。



「いっつも、俺と一緒にいる奴いるだろ」



 王様は楽しげに語りだす。



「そいつらだってお前が勇気あるって分かればたまんねぇだろ」


「た、たまら、ない?」


「お前に死ぬ勇気があるならあいつらだって死ぬって話だ」



 王様がケタケタ笑いながらハチに背を向けた。ハチはフェンスから片手を手放し涙を拭う。抵抗さえ出来ないなら死ねばいいと思っていたが、死ぬことだって出来なかった。

 死ぬくらいなら何でも出来ると誰かは言っていたけれど、死ぬことも出来なかったハチは何をすればいい。何が出来ると言うのだろうか。


 フェンスの向こうに置き去りにしたキャットフードと泥水のペットボトルはハチが放り投げたままの格好で転がっている。食えばいいのだろうか。飲めばいいのだろうか。そうすれば全てから解放されるのだろうか。



「お前やっぱり俺に一生尽くせよハチ公」


「い、いや、だっ」


「ははっ、なら落ちてみろ」


 王様の笑い声を聞きながらハチは人生に絶望を感じた。



 






 さて曖昧なボーダーラインははっきりとしただろうか。これがハチ少年と王様の物語――実は俺の物語でもあるのだ。ハチは勿論今でも健在である。王様と馬鹿共を見上げ、ため息を吐いている。

 いいや、もしかすると今頃は自分の過去を語っているかも知れない。さて、俺が誰かはもう分かっただろう。俺は有言実行の男だ。だから一番悪いのが誰かも、もう分かるはずだ。俺の頭にある言葉が伝わるなら、俺が犯した罪も分かるだろう。いじめは何より最低だ。


 分からないなら二週目に行くといい。きっとすぐ分かるよ。俺が考えている事は昔から意外と単純なのだから。



(終)
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