涙と、残り香を抱きしめて…【完】

だから、納得いかないランジェリーのデザインをしろと言われた時も、辞めるとは言い出せなかったんだ…


もちろん、初めからそんな事をする気などなかった。


しかし、どこから漏れたのか…
ピンク・マーベルから引き抜きの話しがあると会社の上層部に知られ常務に呼び出された。


当然、小言の一つも言われると覚悟していたが、意外にも常務の口から出た言葉は「行ってこい」だった。


その代わり、今まで会社から受けた恩は返せと…
昨年、デザイン賞を受賞出来たのも、グランがバックにいたからで、俺の実力ではないと…


そして、ピンク・マーベルの重要な情報を手に入れたら、最高の待遇で再び俺を迎えてくれると約束したんだ。


賞を受賞したにも関わらず、スランプで納得いく仕事が出来ていなかった俺に拒否権などなかった。


一流のデザイナーになる為には、グランのブランドは必要不可欠


だから俺は条件を呑みここに来た。




リビングを覗くと、星良はぐっすり眠ってる。
しかし、いつ眼を覚ますか分からない。
俺は常務との会話を聞かれたくなくて、再びスーツを着て星良の部屋を出た。


冷えたフロアで、俺が携わっているランジェリー企画の詳細を常務に報告する。


電話の最中、罪悪感で胸が痛んだ。
それは、ピンク・マーベルを…いや、星良を裏切っている後ろめたさからだったのかもしれない…


通話を終えても、星良の部屋に戻る気になれなくて自室の扉を開ける。


せっかく星良を手に入れたのに、後味の悪い日になっちまったな…


朝までウトウトするだけで、熟睡は出来なかった。


そして、午前7時
重い体を起こすと玄関のチャイムが鳴った。


昨夜、黙って帰って来たから、星良が文句を言いに来たんだと思い玄関に急ぐ。


慌てて扉を開けると、そこに立っていたのは星良ではなく…


予想外の訪問者だった。



「久しぶりね。成宮蒼…」


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