涙と、残り香を抱きしめて…【完】

東京では洋食メインの食事だったから、やたら素朴な定食が食いたくなり、路地裏にあるめし屋に向かった。


でも、のれんをくぐり引き戸を開けた俺は、この店をチョイスした事を最高に後悔した。


目の前のテーブルに座り、美味しそうに飯を食っていたのは、明日香と…


「…星良」


俺に気付いた星良の顔が、見る見る内に強張っていく。


参ったな…


そのまま引き戸を閉め店を出て行こうかと思った俺に、明日香が駆け寄って来て腕を引っ張り言う。


「な~に?逃げるの?」

「バカ!!逃げるなんて人聞きの悪い事言うな」

「じゃあ、一緒にランチしましょ?」


明日香なヤツ、何考えてんだ。


仕方なく、星良の向かいの席に座るが、気まずくて落ち着かない。


「ねぇ、専務。
専務って、凄いロリコンだったのね。
19歳の娘(こ)と同棲ですって?」


いきなり嫌味たっぷりな明日香の言葉に、冷や汗が背中を伝った。


「悪いか?」

「別に悪いなんて言ってないわよ。
ただ、星良ちゃんの事をハッキリさせないまま
他の女と付き合うって、酷くない?

専務がそんな卑怯な男だったなんて…
見損なったわ」


俺を責め立てる明日香とは対象的に、星良は下を向いたまま一言も喋らなかった。


「いい機会だから、ちゃんと星良ちゃんに説明してあげてよね」


明日香がそう言って席を立つと、星良も焦って席を立とうとした。


「あ、明日香さん…待って…」

「ダメよ!!星良ちゃんは専務と話しなさい。
いいわね!!」


残された俺と星良


向き合った俺達は、お互い視線を合わせる事なく長い沈黙が続いた。


しかし、何かを決意した様に顔を上げた星良が、やっと聞き取れるくらいの小さな声で言った。


「仁にとって、私は…なんだったの?」

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