涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「そう、仁君よ…」


嫌な予感が的中してしまった。


「あの…じ…いえ、専務は、この事を知ってるんですか?」

「もちろん、知ってるわ。
雑誌が発売された後、私は仁君に詫びたの。
本当に申し訳ない事をしてしまったと…

でもね、仁君は笑いながら、気にしないで下さいって…
凛子は才能のあるデザイナーだから、これからも宜しくお願いします。なんて…

いくら自分の彼女でも、デザイナーとしはライバルよ。
ましてや、世間に認められたのは自分がデザインした作品。
悔しくない訳ないのに…

あの時の仁君の笑顔が、今でも脳裏に焼き付いて離れないのよ。
だから、私は仁君に大きな借りがあるの。
いつか必ず、この借りは返すつもりよ」


そうだったんだ…
仁とマダム凛子、そして工藤さんには、そんな過去があったんだ…


零れ落ちそうな涙を拭う工藤さんのその姿を見て、私は複雑な心境だった。


今日は、どうしてこんなに仁の話しばかり聞かされるんだろう…
でも、ここまで聞いてしまったら、やはり気になる。


「その後…2人は別れちゃったんですよね。何があったんですか?」

「それは…やっぱり、私のせいかもしれないわね。
マダム凛子が注目され始めると、仁君は完全に裏方にまわって彼女を支えていたの。

でも、マダム凛子には、それが重荷だったのかもしれない。
仁君に申し訳ないという気持ちで一杯だったから。

なのに仁君は、何事も無かった様に優しくて、それが何時しかマダム凛子を追い詰めていたんでしょうね。

そして、マダム凛子は過ちを犯した…」

「過ち?まさか…」

「仁君の優しさから逃げる様に、他の男性と…
それが仁君にバレてしまってね」


工藤さんが言葉を濁し下を向く。
私も、それ以上聞く事が出来ず視線を落とした。


仁は、マダム凛子の浮気を知った時…どんな気持ちだったんだろう…


デザイナーの夢を捨て、全てを犠牲にしてマダム凛子を支えてきたのに、浮気なんて…余りにも酷過ぎる仕打ち。


暫くの間、私と工藤さんは沈黙したまま暗く沈んでいた。












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