涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「彼女ですか?
そんなモノ居ませんよ。
名古屋に来る時、全部綺麗に清算してきましたから」

「ほーっ…清算するほど居たのか?」

「まぁ、それなりに…です。
女なんて、面倒なだけで
深く付き合うのは好きじゃなかった。

でも、ここに来て
少し考え方が変わってきましたけど…」

「変わった…とは?」


仁はバックミラーから視線を逸らす事無く
車のエンジンを掛ける。


「いい女なら、普通に付き合うのも悪くないかな…ってね」

「いい女?もう見つけたのか?」


車が滑る様に走り出す。


「そうですね…仕事が出来る女は魅力的ですね。
それと…
その女がキスが上手だったら、申し分ない」

「…キス?」


仁の視線がバックミラーから一瞬にして私に移る。
明らかにその眼は険しく怒りに満ちていた。


げっ!!
睨まれてるし…


もう!!成宮蒼ったら
なに意味深発言してるのよ!!
仁が変な誤解するじゃない!!


「それより、水沢専務はどうなんですか?
水沢専務ほどの人が一人暮らしなら
周りの女が放っておかないでしょ?」

「…残念ながら、それほどモテなくてね…
今度、成宮部長補佐に女の口説き方
教えてもらわないとな」

「ははは…ご冗談を…」


なんだろう…
穏やかな会話の中に漂うこのピリピリ感
ヤな感じ…


すると成宮蒼が、またまた余計な事を言い出す。


「そう言えば、西課長が話してたけど
島津部長は好きな男が居るんだってね?
付き合ってるの?」

「はあ?」

「会社の人?」


後部座席から身を乗り出し
私の顔を覗き込む。


「な、何よ。突然…」

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