涙と、残り香を抱きしめて…【完】

「お願い?」

「ええ…こうやって、2人で飲みに行くのは
こりっきりにしたいの…」

「彼氏に遠慮してんだ?」

「……」

「まあいい…気持ちが変わったら
いつでも声掛けてくれ…」


気だるそうに右手を上げると
成宮さんは自分の部屋に入って行った。


「はぁーっ…」


なんだか、凄く疲れた…


自分の部屋の鍵を鞄から取り出し扉を開け
冷え冷えとした玄関の明かりを点けた時
エレベーターの到着音が響く。


そして近づいてきた足音が、私の部屋の前で止まる。


静かに開く扉
その向こうには、無表情の仁が立っていた。


「お帰り…仁」

「…ただいま」


後ろ手で扉を閉めた仁が
私を見つめる。


「モデルの件で腹立てて
俺に当て付けのつもりで成宮と寝たとか?」


「まさか…たまたま話しの流れで飲みに行っただけ。
仕事の延長みたいなものよ」

「……」

「入る?」


そう聞く私を、仁はフワリと抱きしめ
髪をかきあげながら唇を重ねてきた。


私の手から鞄が滑り落ち
床で鈍い音をたてる。


徐々に激しく濃厚になっていくキス…


お互いの舌を絡め
息をするのも忘れてまうくらい夢中になって唇を押し付ける。


早くなる鼓動と荒くなる吐息
もっと仁が欲しいと眼で訴える私を
彼は突き放した。


「一週間、無しだって言ったろ?
我慢出来ないなら、成宮の部屋へ行って抱いてもらえ。

アイツは星良の事が好きみたいだから
楽しませてくれるんじゃないか?」


えっ…


「仁…酷い。本気で言ってるの?」


涙が溢れた私の眼を見る事なく
仁は部屋を出て行った。


どうして?どうして、そんな事言うの?
私は仁の事、こんなに愛してるのに…


愛しているのに…


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