ノータイトルストーリー
第5章『光を求める者』
目の前にいる同期の女性のガンマンに…いやガンウーマンと言うべきか

空気の変わりに教科書の中身をパンパンに詰め込んだ風船の様に頭を見事に撃ち抜かれた。

今までの無機質な『ロボット』は死に、心を持った、『僕』になった。

なんだか、ライマン・フランク・ボーム著の『オズの魔法使い』を一人で演じた気分になった。

そして、何故だか急に独りでクスッと笑いが込み上げて来た。

ただし、少し違うのは『スケアクロー』と愛犬の『トト』がいないこと。

そして、彼女が『オズ』ではなく全てを叶えてはくれないこと。

それと此処は『現実の世界』だが、僕には未だ、両親がいないこと…

急に胸が「キュッ」と苦しくなった。

僕は、両親に逢いたいんだ…

逢ってどうするでもなくても構わないんだ!

一目見るだけでも、出来れば話がしたい!!

そして、更に欲を言えば、今の僕を真っ直ぐに見て欲しいと僕の『ココ』はそう言っているんだ。

魔法ではなく、彼女の不器用な言葉の弾丸で頭を撃ち抜かれてやっとそれに気が付いたのだ。

「何かしなくちゃ何も変わらない…」そんな声が響いた。

そのすぐ後に「そういえば、恵美さんと初めてしゃべったな」と気が付いた。


いつものように時間は過ぎる。

予定された時間に会議を開き、取り仕切る。

ミスは絶対に許さない。

周りの社員に示しがつかない。

一度、甘い顔をすればつけあがり、たるみ、怠慢に繋がるからだ。

まぁ、もっともそればかりでなく、私の牙は他の部分まで刺さり、毒を放つ。

やるときは、徹底にだ。

しかし、最近は「これでいいのか?」などと弱音をもよおし、自問自答を繰り返す。

胸に支えている事がそうさせているのだろうというのは、薄々は気付いている…

私情を持ち込むなど本来ならばもってのはずなのだが…

「どうすればいいのか分からないのだ…どうすれば…」

そんな事を考え、ぼぅとしながらも、デスクに座りPCをカタカタと指が勝手に動いている。

そうすると後ろから「吉岡っ!」と声をかけられた。

藤井だ。彼とは同期で入社し、今は課長と平社員と言った関係だが、気が付けば就業時間は過ぎていた。

「どうした?なんかあったとや?」

「いや、別になにもないがどうかしたか?」全てを見透かされているようで冷静を装う…

「いや、今朝からなんかいつもと違う風に見えたからさ」

図星であった、昨晩から無性にかつての家族が気になって仕方がなかった。

「いやそうか?」と惚けれる。

藤井とは、かつては良く飲みにも行ったし、嫌いではない。

しかし、私と違って家庭がある。つまり、幸せなのだ。

それだけが気に入らない。

彼自身、能力的には高く、器も大きいが家庭の事情ということで転勤を断ったことが響き、今の関係が出来上がった。

本来ならば同じもしくは上のポストにいてもおかしくはないのにだ…

「そうかぁならいいんだけどさ。なんか悩んでるんやったら、相談してくれよ?」

「あ…あぁ、分かった。そんな時があれば頼むよ…」

正に今がその時であるのにそんな風に強がった。

「そうかぁ…じゃあ先に帰るぞ」と藤井は身を翻して、帰路へと着く準備をしている。

頭の中で「話すなら今だ…話すなら今だ…」と体の内側から声がする。

「ほいじゃあな」

「おっおう、お疲れ様…」と見送る…

ふいに「藤井っ!」と呼び止める。

「んあ?」と間の抜けた声で彼は振り返る。

「実はな…」と切り出した、その瞬間に背中の方で「ピシッ」と殻の破ける音が聞こえたような気がした。


もしも星に願いを叶けるなら、私は『世界平和』を叶えて貰いたい。

何故ならその自ずと『世界』には私の家庭も含まれるからだ。

一口に『世界平和』と言っても漠然として本当は好きな言葉ではない。

『世界平和』はもしかしたら2択なのかもしれないとも考えられる。

『八紘一宇』か『人類滅亡』かなのかも知れない。

世界の人々が一つの家族のようにいがみ合わずに暮らすか存在自体無くなってしまう他に有り得ないような気になる。

うちの家族を見ると前者よりむしろ悲しく、ネガティブではあるが後者の方が…などとも思う。

うちの家族は好きだ…但し、一名を除いてだ。

それは突き詰めて言うなら『晴彦』を除いてだ。

私がモノ心付く頃には、度々、家の中で暴れたり、お父さんや基兄ぃがいない時を狙って母から金を毟り盗る姿を見ている。

私はこの目に耳に焼き付けている。

しかし、お父さんや基兄ぃのように、抑える力も間に割って入る勇気も何もないのが、悔しい。

だけど、何があっても焼き付けたモノを忘れ、許す事はしない。

そう心に決めたのだ。

だから、話もしない。目も合わせない。同じ空気を吸うことさえ不快な気持ちになった。

だけど、本当に悔しい位に何も出来ない…

嫌悪感と恐怖感からどうしても目を背けてしまう自分にふと気が付くと腹が立つ。

そして、『晴彦』が自分の家族であることを拒絶し、友人や他人に知られたくなかった。

だから、私のウチに友達を招く事も出来なかった。

穴の開いた壁や剥がれた壁紙、壊れた…いや破壊された家具や叩き割られた植木鉢や窓ガラス。

この家の住民と名乗ることすら嫌だった…

全ては今も変わっていないし、元には戻らない…

まぁ基兄ぃはきっと「『世界平和』なんて言葉自体人間のエゴだ」と笑い飛ばすに決まっているのだろう。

彼は変わり者だから、仕方がない…

だって、戦隊モノやヒーローモノのテレビを見ると必ず、『悪の組織』を応援していたのを思い出す…

「前になんで?」って気いたら、真顔でこんな事を言われたのを覚えている。

「あれは正義の味方じゃなくて、『都合の良い人間の味方』だろ?」

「多数決の理論で害を受けるのが嫌な人を守ることが正義じゃないと思うんだよ。」

「それにな?戦隊モノなんて特に酷いよ?相手の『怪人』と呼ばれる奴は自分の能力で一生懸命戦っているのに最終的に『ヒーロー』と呼ばれる奴らは5対1で尚且つ最新鋭の兵器を用いて見事に滅する、それは『正義』と呼べるのかな?」

「もし仮に『悪の組織』と呼ばれる『彼ら』が地球に取って『人間』という存在が害を及ぼしていることに気が付いている正しい人達もしくは自然博愛者の集まりか動物や地球の声を聞くことの出来る特別な能力を持っていて『人間』が地球にとっての『癌』だといち早く気付いて行動を起こしているのかも知れない。」

「そう考えると『正義』って言葉なんて『エゴ』と置き換えられるよ」

そんな熱弁を奮っている兄を見ると担任の先生の「『アレ』の妹かぁ?」と言われた事も少し納得出来る気がする。

でも、嫌いではない。

私には到底、否定も肯定しないけど、理解も出来ませんが…


新しい土地で高校に上がると僕は総合格闘技を始めた。

家族を守りたいという『正の感情』とある男を殺してしまいたいという極めて『負の感情』がそうさせた。

とにかく、毎日毎日肉体を虐め続けた、全ては前述の感情を原動力に…

そんな日々の中で徐々に『負の感情』である『憎しみ、憎悪』が大きくなって行った。

僕は反抗期をかなり早くに済ませたことと自分自身を偽り『負の感情』を塗りつぶす毎日の中で、少しずつ歪んでしまったのかもしれない。

街をフラつきガラの悪そうな連中にワザと絡まれ、正当防衛というもっともらしい理由を付けて叩き潰し、牙を磨き、自分の力を確かめた。

そんな事をしているとは両親は知らない、知られたくないに決まっていた。

もっともしい事を言いながらも、結局は『負の真っ黒い感情』の吐け口、吐き出さずにはいられなかったのだ。

方法が違うだけで『アイツ』のやっている事と何ら変わりなく思え、自戒の念に苛まれる…

『正の感情』と言う名の大義名分で誤魔化し、『負の感情』に取り憑かれ吐き出した『黒』で身を染め上げていた。

そんな自分が嫌いだった…

誰かを傷付け事でしか、自分自身を確認出来ないなんて悲しすぎる…

学校へ通っていても、よそ者扱いな上に色々と尾鰭背鰭が付いて完全に浮いていた。

クラスの中でも嫌われていたと思う。

ひそひそと後ろ指を指される事にも、部室のロッカーは幾度となく何者かに破壊されたが、もうそんな事で『死んだ心』が傷付く事はなかった。

家に帰れば例の如く怒号と暴力を抑止し、この時ばかりは力を『正』しく使っていたと思うが、母の泣く姿、怯える妹、怒る父、狂った兄を見るのが嫌だった…

しかしながら、そんな毎日をただ送っていた。

出来の悪いサスペンス映画のように出来ることならば3倍速くらいで早送りして、早くエンドロールが流れてしまえば良いのにとすら思えた…

色の無いモノクロの日々…

ふと、机の上を見ると山下とお婆さんと撮った最後の写真が目に入った。

それは色鮮やかで、今の僕には直視出来ないくらいで眩しく見えた。


約束していた時間より少し遅れて駅についた。

今日は彼氏と四度目のデートだっていうのに、私ったら…

まぁいつもの事だが反省(汗)

急いで駅前まで小走りで移動していると…

「ドンっ!」

正面から歩いてきた男の子とぶつかって倒れた。

「あいたたた…」

「すっすみません…」

「だ、大丈夫ですか?」と手を差し伸べられ、ふと見上げると…

「………」あまりの恐怖と戦慄に言葉を失い、顔を背けた。

「どうしました?平気ですか?」

「だっ大丈夫ですから!!」と鞄を拾い上げ逃げるようにその場を去った。

「あの男だ…間違いない…あの狂気に満ちたあの少年だ…」

私は直感的にそう思った。

あれからもう数年以上経ち雰囲気や顔立ちは変わったものの、私の体や頭、心に深く刻み込まれた恐怖、トラウマと言えば分かり易いのか直ぐに体が反応した。

「逃げなくてはとにかく逃げなくては…」頭の中に声が響き渡る。

タクシーを拾い、真っ直ぐに家の場所を告げるとあの忌まわしい記憶がフラッシュバックしてきて、ガタガタと体中が震えて止まらなかった。

部屋に駆け込み鍵を掛けた瞬間、正面が自分の部屋ではなく、あの日のあの部屋に見え、吐き気を催しトイレを逃げ込み、何かを吐き出した。

昼から何も食べていないので何も出るはずもないが吐き出さずにはいられなかった。

トイレに、黄色い吐赦物を残し余りの寒気に布団にくるまり、身を縮めた。

その時、ケータイが鳴った。

「まさか…そんな…」

絶望感で心が潰されそうになる、あの男がココを嗅ぎ付け、私を殺しに来るのではないかと怯えた。

布団にくるまりガタガタと震えていると、そのまま、記憶が薄れて行った…


それは突然だった。

帰り支度をしていると「藤井っ!」と呼び止められた。
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