聖なる夜の贈り物
聖なる夜の贈り物2
聖なる夜の贈り物2





ある賑やかな街の真ん中に宮殿のような豪邸がありました。

道行く人たちは、その大きな家に圧倒され、立ち止まって見る人も珍しくないほどでした。

しかし今日だけは誰も立ち止まらずに素通りしていきます。

なぜかというと今日は子供たちが待ちに待ったクリスマスだからです。

ケーキの箱やプレゼントを抱え 忙しそうに行き交う人々を じっと窓から見ている女の子がいました。

女の子の名前はユリア。

人も羨む豪邸の持ち主セベスチェン氏と、その妻マリアとの一人娘です。

『ねぇ!ママ!サンタさんは今年も私のところへきてくれるかな?』

『ユリアはいい子だから、きっと来てくださるわよ』

ユリアは振り返ってマリアのほうを向くと、嬉しそうに微笑みました。

『よかった。じゃぁ 今年はきっとパパと3人でクリスマスを祝えるわ!だってサンタさんにお願いしたんだもの。

今年こそはパパも一緒にクリスマスが祝えるようにってね』

マリアは少し困った顔をして娘にどう言えばいいのか考えてしまいました。

ユリアに買ってあげられない物はありませんでしたがこればかりは叶えてあげられそうにはありませんでした。

『そうね・・・そうなればいいわね』

届いたばかりのベルベットに金の糸をあしらった素晴らしいフランス人形のことを思いながら、

マリアの心境は沈んでいました。

セベスチェン氏は、とても忙しいのです。家族と一緒に過ごす時間など考えたこともありません。

だからユリアは誕生日もクリスマスも、新年だってパパと過ごした思い出がありませんでした。

確かにサンタさんは、毎年ユリアにプレゼントを届けてくれます。

ドレス、ピアノ、ブローチ・・・・・・もちろんサンタさんには深く感謝をしています。

しかし、その中のどれもユリアの心を満たしてくれるものはありませんでした。

形のある物よりも温かな愛が欲しかったのです。

本当に欲しいものは、どうしたらもらえるのだろう?

そこで思い付いたのです!

この一年間、ユリアは一生懸命いい子になろうと努めてきました。

だから サンタさんは きっと望みを叶えてくれるはずです。

ユリアはわくわくしてたまらない気分で自分の部屋へもどると、一番気に入ったドレスに着替えました。



居間のドアが開いて使用人が入ってくると、マリアに軽く会釈してセベスチェン氏の帰宅を告げました。

マリアは聞き間違いだと思いましたが急いで玄関へ行きました。

そこには間違いなくセベスチェン氏がいるではありませんか!

マリアは一瞬 サンタクロースを信じてしまうほど驚きました。

『帰ってきてくださったのですね。ユリアが・・・』

『また すぐ出かけなければいけないのだよ!』

セベスチェン氏は、マリアと目を合わせることもなく いつもと変わらず強い口調で冷たく言いました。

本当に一瞬の喜びでした。

『あなた!たまにはユリアと一緒に過ごしてはどうかしら?それに、今日はクリスマスですよ』

『わたしにはのん気にクリスマスを祝う余裕などないのだよ。プレゼントはユリアの欲しい物を

何でも買ってあげなさい』

『あの子は、あなたと一緒に・・・』

マリアが言い終わらないうちに セベスチェン氏はさっさと書斎へ入ってドアを閉めてしまいました。

そして、その数分後 セベスチェンはユリアに会うこともなく再び出かけてしまいました。

家の前に待たせていた豪華な馬車に乗って門を出ようとした時、汚いボロの服を纏った乞食が座っていたのです。

セベスチェン氏は馬車を止めて降りると、ツカツカと歩いて乞食を追いたてました。

『目障りだ!!他へ行け!!』

乞食は力なく立ち上がり頭を下げるとセベスチェン氏の顔を見て驚きました。

『セ・・・セベスチェン!!』

『!?お・・・・おまえは!!まさか!!』

セベスチェン氏の顔は、通行人も震えるほど見る見る怒りに燃えた恐ろしい顔になったのです。

しかし彼は、殴りたい気持ちを抑えてさっさと馬車に乗りこんで行ってしまいました。

その光景を見ていた人々は、ほっ!と胸をなでおろしてその場から散って行きました。

乞食は馬車が見えなくなるまで見送るとその場に泣き崩れたのでした。

揺れる馬車の中でセベスチェン氏は瞼を閉じてずっと昔の まだ子供だった頃を思い出していました。

それは、今のように立派な服や靴もなく 家も隙間だらけで雨漏りのする貧しい家庭でした。

お父さんは、セベスチェンが幼いときに病気で亡くなってしまい

残されたお母さんは親戚のお金持ちの家で、朝も夜も働いて貧しい生活をなんとか支えていたのです。

その家にはセベスチェンと同じ歳のイリヤという男の子がいましたが、意地悪で欲張りでわがままでした。

『おい!貧乏なセベスチェン!おまえが学校へ通えるのは僕のお父様が学費を払ってやってるからなんだぞ!』

学校へ行っても友達なんかひとりもいませんし、毎日のようにイリヤにいじめられていました。

しかし ちっとも辛くはありませんでした。

悲しみや寂しさも勉強だけが心を癒してくれたので学年でもトップの成績でした。

優秀な学生だけに給付される奨学金で大学へ行きたかったからです。

イリヤのお父さんは、息子よりも成績のよいセベスチェンが好きではありませんでした。

たしかに優秀な甥のために、学費を払ってあげてはいますが

その分、お母さんを安い賃金で朝から晩まで、こき遣っていたのです。

だから、幼い頃からクリスマスや誕生日はひとりぼっちでした。

セベスチェンが窓の外を見ると、隣のイリヤの家からクリスマスツリーの眩い光が見えました。

どうやらクリスマスパーティーの真っ最中のようです。

お母さんは、あのパーティーの片付けをひとりでするのでしょう。

そしてパーティーで余ったケーキや七面鳥やクッキーを持って、

先に寝ているセベスチェンを起こさないように そっと家のドアを開けることでしょう。

窓の外を見ながらセベスチェンは、こみあげてくる寂しさを忘れるために再び教科書を読もうとして振り返りました。

『あれ?おじさんは誰ですか?』

思い出の中の小さなセベスチェンが、自分に話しかけてくるではありませんか!?

少々のことでは驚かない大人のセベスチェンは、さすがにびっくりしてしまいました。

『わ・・・わたしのことかね?』

小さなセベスチェンは頷くと、思い付いたという仕草をして

『わかった!おじさん!サンタクロースなんでしょ?ねぇ そうでしょ?』

セベスチェン氏は少年時代の記憶が鮮明に甦えってきたのでした。

何よりも願っていたこと。それはお金で買えるものではありません。

『君が欲しい物は、今プレゼント出来るものではないんだよ』

少年は、少しがっかりした顔をしてセベスチェン氏の瞳をじっと見つめていました。

イリヤが羨ましくてたまらなかったこの頃。

でもそれは、なんでも買ってもらえるからではなく たくさんの家族との楽しい思い出があるから・・・・

それは、今のセベスチェンには叶わない夢。

セベスチェン氏は涙が溢れてきました。

この少年が欲しいものは、誰よりも自分が一番よく解っていたからです。

『おじさん!本物のサンタクロースなんだね。僕の望むものを知っているんだもの。

僕・・・・わかっていたよ。このお願い事は、サンタさんでも叶えられないこと。

だって、死んだ人を蘇えらせることなんか誰にも出来ないし、

お母さんだって僕のために一生懸命働いているんだもの。』

『世の中には両親がいない子供だっているのだから・・・・・君はその子供たちと比べたら、

ずっと幸せなんだ!その事を忘れず神に感謝をしていれば 今後何があろうとも乗り越えられるはずだよ』

少年のセベスチェンは深く頷きながらじっとセベスチェン氏の話を聞いていました。

『それに、今は寂しくても君が大人になったとき 家族でクリスマスを祝える温かな家庭がある。

それだけは約束するよ。』

少年の瞳はキラキラ輝いて微笑んでいました。

セベスチェンは今後、この少年に起きる辛い出来事を思うと胸が痛くなりました。

――――――――・・・・・・・・*** * * * * * *


セベスチェン氏が気付いたときは馬車の中でした。

(眠っていたのか・・・・夢?)

セベスチェンは窓から顔を出すと御者に言いました。

『悪いが家へ戻ってくれ』

途中でケーキやお菓子を山ほど買ったので、馬車は重たくてやっと動いている状態です。

気の毒なのは馬でした。でもそれは、まるでトナカイの橇に乗ったサンタクロースにも見えました。

大きなセベスチェン家の門の前から少し離れた所に、さっきの乞食が震えながら座っています。

セベスチェンは馬車を止めて降りると、乞食に近づいて手を差し伸べました。

『わたしの家で、一緒にクリスマスを祝おう!君は また幸せになるべきなんだよ・・・・・イリヤ』

乞食は、力なく見上げると潤んだ瞳でセベスチェンをじっと見つめて言いました。

『そんな資格・・・私にはない。君のお母さんを泥棒だと父に嘘をついて・・・・・本当にすまない・・・・』

その後は涙で言葉につまってしまった。

そうです。セベスチェン氏のお母さんはその後、仕事を辞めさせられて もっと大変な仕事をするしかありませんでした。

たったひとりで生活を支えるために朝から深夜まで働き通しで、とうとう病気になってしまったのです。

だからセベスチェンはお母さんのかわりに勉強をしながら働くしかなかったのです。

苦労しながらやっと大学を卒業した時、お母さんはそれを見届けるように静かに息を引き取ったのでした。

乞食の姿のイリヤの頬を涙がつたいます。

『それが後悔の涙なら、君はもう充分罪を償うほどの辛い日々を過ごしてきたと思う。

だから、今後は幸せになるべきなんだよ。さぁ!行こう』

二人はゆっくりと家へ向かって歩き出しました。


その光景を二階から見ていたユリアは、跳びはねてマリアのところへ駆け寄り 父親の帰宅を知らせました。

『ママ!!ママ!!聞いて!!』

『まぁユリアったら どうしたというの?』

ユリアはマリアに近寄って そっと耳打ちしました。

『サンタさんが願いを叶えてくれたの』

マリアがどんなに驚いたか想像できますか?


その夜セベスチェン家では数年ぶりに賑やかな笑い声が聞こえてきました。

こんな笑い声を聞くのはユリアが生まれたとき以来・・・・・。

まもなくユリアに弟ができることを知っているのは神様だけでした。

                        



聖なる夜の贈り物。

人生でたった一回だけの本物のプレゼント。

あなたも毎日の生活の中で、幸せを見つけてみてください。

当たり前だと思っていることが、実はとても恵まれているのではないでしょうか。

感謝する気持ちや人の痛みがわかる心があれば

幸せは手の届くところに、あなたのすぐ傍にあるのです・・・・・きっと。


                   おわり
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