女王の密戯
三月五日都内某所。
二十二時三十五分。

「仏さんも、何もこんな日に死ななくてもね、て思いません?」

三月に入ったというのに冬空のように寒々しい。茶田実(さだ みのる)は粉雪がちらつく灰色がかった夜空に視線を向けた。
闇に近い空には星ひとつどころか月さえ見えない。闇に浮かぶのははらはらと舞う白い雪。見ようによってはそれが星に見えないこともない。

「聞いてますか、茶田さん」

隣でブルーのマフラーを首にぐるぐると巻いた青年が少しばかり尖った声をあげた。青年――三浦大和は古風な名とは正反対に明るめの茶髪を伸ばし、左耳には大きなピアスホールがふたつ程ある。

「聞いてる聞いてる。今夜は星がないから、この事件にもホシはいない。それでいいだろ」

茶田はコートの前を確りと閉めながら三浦の言葉に返した。四十を過ぎた身体に寒い夜風は凍みる。
こんな夜は暖房で存分に暖めた部屋で日本酒を飲みたい。

「……ふざけてんすか?」

茶田の返しに三浦は盛大に眉をしかめた。男のくせに丁寧に整えられたその眉が歪む様が茶田はあまり好きではなかった。

「本気だよ。だから早く帰りたい」

茶田はそんな三浦の顔を見ずに答える。
三浦は今時な風貌というだけでなく、甘めのマスクをしているので交通課の女性陣からの人気は高い。強いて言えば階級が巡査部長というのだけがネックだろう。

「この遺体を見てよくホシがいないと言えますね」

三浦は呆れ果てたように口を開けた。
ホシがいない、つまりは事件性のない自殺ということ。三浦は茶田の話をそう捉えたのだろう。

「冗談だ。そんなに怒ることないだろ」

茶田は仕方無しに自分の発言を詫びた。こんなところで下らない言い合いをしているほうが帰宅時間を先伸ばしにしてしまう。

「で、身元は割れたのか?」

茶田が訊くと三浦ははい、と大きく頷いた。


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