空色の瞳にキスを。

2.決意の瞳

スズランの屋敷の朝は早い。

眠りに沈んだ自分の意識を、廊下を走るまばらな足音がゆっくりと現実へと引き上げる。
目を覚まして天井を見ながらひとつ、息をつく。
自分の右手をしっかり握って、穏やかな寝息をたてる茶髪の少女。

そのあどけなさにナナセは口元を緩める。

うつ伏せは苦しくないのかな。

緩やかに内に跳ねた彼女の柔らかな髪に隠れた頬をそっと撫でると、むず痒そうに唸って、そっぽを向かれた。
それにナナセはくすりと笑う。
ひとつ年上の女の子だと分かっていても、可愛らしい彼女を見ていると、ナナセはなんだか姉になった気分になる。

─なんだか、あたし老けてる?

年相応の感覚がないことから、そんなことを頭の隅で考えて一人で小さく笑う。
その隣をするりと抜け出して、ベッド横に置かれたスリッパへと爪先をひっかける。

「寒…。」

さすがに朝の空気が身に染みて、薄手の寝巻きの上から両手で腕をさすって暖める。

夜とは違う明るさに染まったカーテンを掴み、光を取り込む。

まだぼんやりとした光で夜が開けきってはいなかったが朝の光がこの部屋に差し込んだ。

ベッドと窓からはいくらかの距離があったが、そんなに遠くなくて、アズキの寝顔も十分に光を浴びる。

「おはよう!
起きてよー。」

銀髪の少女の優しい声は、朝の清々しい部屋の空気に染み込む。

光が差し込むのは身体を眠りから起こすと言われている。

ゆっくりと目を擦りながら起き上がったアズキは、ナナセの顔を見て目をしばたたかせる。
ぼんやりと窓の光を見た後、視線をもう一度ナナセに移す。

そしてアズキは穏やかな顔で笑った。


「おはよう…ナナセ。」

その顔が幸せいっぱいの顔をしていて。

ナナセは言葉を喉に忘れて、何も言えなくなった。

「夢じゃ、ないよね…。

またこうやってみんなで暮らせるんだね。」

そんなアズキの表情に、ナナセはきゅ、と唇を引き結ぶ。
嬉しさを噛み締めて、ナナセは言う。

「そうだね。

また、みんなで頑張ろうね。」

優しい顔立ちにいつもの笑みを浮かべる。
ナナセの瞳は、真っ直ぐにアズキを見据えて。

窓から差し込む光を背に立つ彼女は、アズキには不思議な感じがした。


─いつものナナセなのに、違うみたい…。

この感覚は、ハルカの時から度々感じていたが、彼女の本来の姿はそれをいっそう掻き立てる。


淡い銀の髪はその輪郭を縁取って、彼女のまとう空気をいっそう神秘的なものに仕上げて。

優しい空に似た色をした光の中に、優しさを残した強い青色。

その強さが決意の光だとは、先見の少女は気付かない。

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