空色の瞳にキスを。

2.王女と天使

─それはひどく幸せな、昔話の夢。


身分差の恋を叶えた王女と若者の夢物語を、お祖父さまの昔話と同じくらいに世話係のロウから聞かされた。

いつも二人で椅子に座って聞いていたあの部屋での思い出は、記憶の彼方にあったはずなのに、驚くほどに鮮やかで。

目を閉じれば浮かんでくる懐かしい光景に、寝起きの少女はふっ、と微笑んで息をつく。


隣のアズキを起こさぬように布団から這い出し、外を見遣れば、朝日がガラス越しに煌めいて。

眩しいそれと共に視界の隅に軽くはねた銀が映って、また胸が痛む。
また思い出される記憶の波に身を任せれば、幼い日の世話係が浮かんでくる。

─母をほとんど知らないナナセに、父の次に愛をくれた母代わりの人。
大好きだったロウは静かに、穏やかに、でもよく喋る人だった。

記憶の中からぷかり、浮き上がってきたのは昔話を語らう前に、いつも彼女が念を押した台詞。

彼女の咎めるような、それでいて温かみを持った声が耳に反響するように蘇る。

「あなたは今はもうたった一人のルイの直系、王女なのです。

だから今からお話しする昔話のようになれとロウは思っていません。

あなたの未来の夫は、きっと貴き血筋の御方。

きっとあなたを導いて下さいます。」


それは地位に縛られた王女の性か。

夢物語とともに、現実を知らされてきた。

聞かされ続けたその台詞は、鎖のようにナナセの体を絡めとる。


─諦め、なきゃ。


悲しいくらいに真っ白な朝の光に包まれながら、自分への言い聞かせに近い言葉を心に念じる。

幸せな夢の余韻に浸りながら、その夢と重ね合わせそうになった自分の恋。

おとぎの恋が今の自分の恋と似ているように思えて。


あたしが王女で、町の若者がルグィンで。

―もしも、ルグィンがあたしを好いていてくれたら。


そんなことが無意識に浮かんで、急いで脳内から消去する。


―その想いに動けなくなる前に逃げ出そうなんて、卑怯かな。


そう思ってくすりと笑ったって、胸の痛みはいっこうに消えてくれない。

乾いた笑いを無理に溢しても、虚しさは増すばかり。

< 299 / 331 >

この作品をシェア

pagetop