空色の瞳にキスを。
まだ黒髪の『ハルカ』の姿で『リョウ』を名乗っているのに、正体は既にばれているようだった。
ナナセは前髪を掴まれながら視線を流し、そこで初めて屈強な男たちの姿を瞳に映した。多くの男がフェルノール風の黒い服を着ており、その身から放たれる威圧感はただならぬものがあった。

やはりナナセも小さな少女で、反射的に体が強張った。瞳に映った微かな恐怖に満足して、キンヤは彼女を強く突き飛ばした。

「きゃ!!」

煉瓦に膝をつかされ転ばされた彼女。軽い音と共に魔法が消える。

「あっ……!」

黒い髪がふわりと銀に戻る。後悔してももう遅い。帽子も落ちた今、魔術が解けた銀色の髪が彼女を囲む男たちの目に晒された。

暗い路地裏で白く輝く銀は、証明だ。王家しか継がないという白銀をその身に備えた──王女だと。

「ほら、ナナセだ。馬鹿だなぁ、それくらいの痛みで魔法解いて、自分で自分の正体を晒して。」

キンヤの鼻で笑うような声が耳についた。
ナナセは奥歯をぎりり、噛み締めた。
いつも変化魔術を自分にかけることは苦手だった。こうして銀を晒すことは初めてではない。いつまで経っても上達しない変化魔術と自分の警戒心の薄さに、悔しくなった。

煉瓦に膝をつき、擦り傷を作ったナナセに影が覆い被さる。覆い被さった影、キンヤはナナセの目線に合うように自分も屈み、銀髪に右手を伸ばす。抵抗しないナナセの銀を弄んだ後、キンヤは口を開いた。

「銀髪の魔法王女、ナナセ・ルイだろ?」
「そうだけれど……何か問題がありますか?」

この手の話は慣れている。自信を持って彼を見据える。

「賞金首で、石の持ち主で……。お前が狙われる理由はたくさんあるだろ?」

言わんとしていることは百も承知だ。けれどもナナセはもちろん揺らがない。

「こんなところで死ねないの。
──石だって、渡せはしないわ。」

スカイブルーの瞳に映った決意に、キンヤは大仰にため息をついた。

「やっぱり素直に渡してはくれないか。俺が王にお前を渡せば、俺は大金持ちになれる……。」

ナナセは眉をひそめた。欲にくらんだ人の末路は、何回見たって、見慣れることなんてできない。

欲にくらんだ者たちを、厭(いや)というほど知っている。自分にどうなることを望むのかを、厭というほど知っている。

今は自分が悪で、彼らが正義なのだけれど、どうしても彼らの方が悪に見えてしまうのは、我が身可愛さからなのか。それでも、賞金に目が眩んで人を追い詰め殺すような首狩りは、そうとしか彼女には映らなかった。
「どうせいらない命なんだ。俺に楽をさせてくれよ。
お前が王から奪った王家の秘宝も、俺にくれよ。」

お前はいらない、という言葉は、初対面の男の言葉でも胸を抉る。負けまいと凛と返した。

「いやよ。絶対に、嫌。」

目の前にいるキンヤがまた呆れたようなため息をつく。手をひらりと集まった男たちに見せた。

「そうか。……仕方ない。
お前ら、やれ。」

キンヤの後ろの男たちが、ナナセを取り囲む円を詰めていく。

彼女はこうなることは分かっていたが、逃げる気はなかった。出来るならば、道を誤った彼らを助けたくて。出来ないことは薄々分かっていて、けれど彼らに心をかけてしまう自分を小さく嘲った。

──殺られることは、出来ない。倒されることなど、出来ない。
──自分がいなければいいことも、自分自身が知っている。

──だけど、必ずやり遂げたい事があるから。

男のひとりが刀をぎらつかせて少女に飛びかかる。男を見上げた少女の瞳は、輝くような空色だった。
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