空色の瞳にキスを。

2.三人

──起きたら牢獄は嫌だな、けれど天国はもっと嫌だな。やりそびれたことだってたくさんあるから。
魔術師は魔力を使い果たしたら死んでしまうって言うけれど、どうか本当でありませんように。


意識の遠くから、優しい声が二人分聞こえる。あちこち痛むけれど、ふわふわと体は温かい。どうやら生きているみたいだ。
額に何か触れて、深く沈んでいた意識が浮き上がった。

「起きたか?」

額に触れていた手が離れていく。広くなった視界に映ったのは、黒と金だった。少年の後ろには木目の綺麗な天井が見えた。

「……ルグィン……?」

知ったばかりの名が、記憶から浮かび上がって音となった。

「ああ。」

掠れ声で呼んだ名にわずかに目を丸くして、ルグィンが頷いた。ほんの一瞬の優しい目付きを隠すように黒髪が揺れた。

ナナセはひとまず起き上がろうとしたけれど、それさえ上手く力が入らなくて苦戦してしまった。

ここはどこだろうか。ベッドに寝かされていたようだった。白い布団がふかふかで気持ちが良い。あちこちに巻かれている包帯は、誰が巻いてくれたんだろうか。

見覚えの無い部屋を見回すと水差し、薬箱、真新しい衣装ダンスや机が見えた。

生活感はほとんど無くて、けれども治療の道具は揃っている不思議な部屋だった。

「少し待ってろ。」

少年はそう言い残して椅子から立ち上がる。ぼんやりと部屋を出ていく背中を追った。

「──あ、」
「うわ、」

扉を開けたルグィンとちょうど良く誰かが鉢合わせした。相手は微かに幼さがまじった綺麗で強い声の主だった。

扉とルグィンの影から姿を現したのは、カートを押す同年代の少女だった。金色の髪をふわりと揺らして、彼女が笑いかけてきた。彼女の頭にも、黄金色の獣の耳があった。

「起きた?」

屈託ない笑顔とともに、ベッドに歩み寄ってきた。額に手を当て、ひとつ頷きを見せた。

「良かった。三日も寝込まれたら心配するわ。」

ちょうど食事の時間のようで、カートから三人分の食事を並べながら、彼女は嬉しそうに笑った。

「あなたが助けてくれたんですか?」
「ええ。ルグィンが女の子を抱えて私のところに来たのだもの、助けない訳にはいかないわ。」
「え、ルグィンさん……あたしあの草原に置いていってもらうんじゃ……。」

扉の近くに立っているルグィンを見上げれば、彼は顔を伏せていたから表情が分からなかった。

「なにそれ?」

きょとんと首を傾げる彼女に、簡単にそれまでの事を明らかにすると、突然彼女は笑い出した。その明るい笑い声にナナセはびくりと肩を跳ね上げる。

「ナナセ王女、格好良いわね。
だけどあたしのところはもっと迷惑なお客さんだっているの、心配しないで。
──貴女だけのために、ルグィンや私の人生は狂わせやしないわ。」

彼女の瞳の中に、強い煌めきが見えた。年だってそんなに離れていないのにこうも考え方は違うのか。彼女は、どんなひとだろうと興味が沸いた。
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