長靴をはいた侍女
 そんな女性の雇い主は、子爵令嬢である。

 貴族の中では、残念ながら位は低い方だ。少なくとも、ファウスの勤める伯爵家と比べると、相当の身分の開きがある。

 主人の花嫁候補の一人。

 彼は、その程度の認識しか持っていなかった。

 しかも、候補の中では一番成立しづらい順位の相手だと。

 時折、上位の候補の女性が訪ねてくる事はあるが、この子爵令嬢が訪ねて来たことはない。

 舞踏会などで主と会うことはあるだろうが、執事である彼には無縁の世界のため、目にする機会もなかった。

 なのに。

 この女性が、ある雨の日に現れたのだ。

 勝手口の戸を叩いて、手紙を預けて帰っていった。

 主人は、「ふーん」という感じで手紙に目を通して、机のその辺にぽんと置いた。

 次の雨の日、また彼女は来た。

 また手紙を、預けて帰っていった。

 主人は、「また来たのか」と言って、読んで机に置いた。

 それから、三日続けて雨の日があった時、彼女は三日すべて手紙を運んできた。

 その時、主人もファウスも気づいたのだ。

 子爵令嬢の手紙は、雨の日に届けられる、と。

 実際、晴れた日に届いた事は、いまだにない。

 それから、主人の態度に少しずつ変化が現れ始めた。

 朝、窓の外を見る目が変わったのだ。

 雨の日を、楽しみにするようになり、晴れの日にため息をつくようになった。

 そしてついに、主人は手紙の配達人が来たら、引き止めるように言ったのだ。

 それは、一方的だった手紙の流れが、双方向になったということ。

 彼女は、返事を持ち帰れるようになったのである。

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