プラトニック
「……どうした? 葵」


立ち止まったわたしに瑠衣が聞いた。

そのまま言葉が出せないでいると、彼は「ん?」と顔を覗き込んできた。


至近距離でぶつかる視線は、わたしをさらに動揺させる。


あまりにも距離が近くて、一瞬、キスされるのかと思った。
 
でも、されなかった。



「今何時くらいかなあ」


瑠衣はそうつぶやくけれど、時計も携帯も見ようとしない。


「今から葵の部屋に行ってもいい?」

「え?」


戸惑いがそのまま声に出た。


瑠衣はその反応を予想していたように、穏やかな笑顔を崩さずに言った。


「心配しなくてもええよ。何もせーへんから」

「……」


「ただ、葵と朝まで一緒に眠りたい」








 
瑠衣の面影は完全に消えたと思った部屋なのに。


彼が入ったとたん、あの頃とまったく同じ空間に戻った気がした。



寝室の真ん中で立ちすくむわたしの手を、瑠衣は握った。

自分の体が固くなったのがわかった。


「大丈夫やから」


さっきと同じことをもう一度言う瑠衣。


「うん……」


明日の朝、それはわたしたちの別れのとき。

たった一晩だけの再会だから……最後まで一緒にいたいとわたしも思ったんだ。


わたしたちはゆっくりとベッドに入った。

スプリングがひとりで寝るときと違うきしみ方をする、それだけで瑠衣の存在を体中に感じた。


「……せまくないか?」

「うん」


外は、いつの間にか雨が降り始めていた。


「おやすみ、葵」

「おやすみ……」



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