僕は何度でも、きみに初めての恋をする。

忘れていた思い出だった。

消えたわけじゃない。心のずっと遠くにしまわれていた記憶。


のそりと体を起こして窓の外を見上げた。すっかり真っ黒に染まった空には、ぽつぽつといくつかの星。

空はたったひとつのはずなのに、思い出の中の空とは、違う空。

ここじゃない空を、わたしは憶えている。


「……確か」


もうひとつ、思い出したことがあった。

わたしの頭の中だけにあるその景色を、確かな“物”として、残してあること。

思い出を形にしたものがあるんだ。そう、ハナが、いつもやっているのと同じ方法で。


「…………」


少し考えてからベッドを下りた。あれはリビングのどこかにあったはず。

音はあまり立てないようにドアを開けた。部屋を出て、静かに1階へ続く階段を下りていく。

だけどその、途中で。


「うるさい!!」


ぴたっと……足が止まった。

一番下の階段、下ろした足でそれを踏む前に、体はもう動かなくなった。


……ああ、だめだ。もうだめ。

見えていたもの、どんどん、どんどん消えていく。


「だから付き合いだって言ってるだろうが!」

「こんなに毎日行かなくちゃいけないものなの!?」

「仕方がないだろ! 仕事のひとつなんだよ!」

「仕事だって言えばそれで納得するとでも思ってるわけ!?」


リビングから聞こえる地鳴りみたいなお父さんの声と金属を切るようなお母さんの声。


心臓が、いやに大きく響いた。

耳の奥で鳴っているようで、だけど痛いのは、やっぱり胸で。

呼吸さえ止まってしまう。

無理やりに。世界を、止める。

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