Trick or Treat!
 食事が終わり、私が片付けをやっている間に、テーブルには間取りの書いてあるプリントが数枚広げられていて、それを芽衣と修也は仲良く眺めていた。

「一体急にどうしたのよ…。」

 ついため息交じりで聞いてしまうと、修也は苦笑いしながら事情を話してくれた。

「おれさ、今30歳じゃん。実はもう独身寮追い出されるんだよ。1年間は延長できるんで、それをやっていたんだけど、誕生月の3月がリミットで、それまでに出ないとだめなんだ。庄司もいるしそれなりにかいてきだったんだけどね。あいつは2こ下だからまだいれるんだけど…、まぁ会社としても出来るだけ若手に貸したいという事情もあるのが分かるしね。それに時折福利厚生室から『早く出ろや、なんで出れないのか説明しろや』みたいな督促メールが来るんだよ。今日もそれが来てさ、ふと思いついたんだ。」

 修也は肩を竦め舌を出しておどけて見せた。うちの会社の社宅は殆どなくなって、いくつか点在する独身寮が残っているだけだ。一時期新入社員を制限したため、まだ若干空き室があるらしいが、次年度からすこし増やすということだったので、そのあおりを受けたのだと言う。

「まぁそろそろ出ないといけない頃だし、もう俺達結婚するんだから、そういうのも考えた方がいいと思ってさ、ネットで検索してプリントアウトしてみたんだ。」

 食後のコーヒーを淹れて渡すと、彼は本当に楽しそうにそのプリントを私に寄こした。他のは芽衣が「ここが私の部屋でー、」などと書き込みをしている。

「金の心配ならしないでね。俺、結構貯えあるんだよ。一戸建ての頭金とかなら全然問題ないから。ずっと寮生活だったし、趣味はぶらっと温泉とかにドライブする位だし…、えーっとなんだっけ…ああ…『千歳本部長補佐の再来』だっけ…。そう言われちゃうくらい営業成績頑張っているおかげで結構ボーナス査定いいんだよ。それ全部貯めているんだ。すげー、俺!」

 サムアップしてウィンクする姿が妙に様になっているのが嫌なんですけど。

「え?だって車だって買ったばっかりじゃないの?」
「あれ?なんで知ってんの?」
「あ、いや、乗った時に新車の匂いがしたから…もしかしたら、って思っただけなんだけど。多分新しいレガシィでしょ?あれ。」

 それを聞いて、「そっかー、気付いたんだ。」と急にクスクスと笑いだした。

「うん。新車だよ。あれね、前に庄司がさ、情報仕入れてきたんだよ。あいつが給湯室の近くを通った時に女子同士が『なんの車が好きか?』って話題になって、他が言うだけならただだからって、ベンツだのBMWだのアルファだのと外車を連ねていたのに、七海だけが『赤のレガシィが好き』とピンポイントに言ってたのを聞いたんだって。」

 そう言えば、以前休憩室でそういう話題が出た。私はあんまり車にこだわりがない。元夫がセダン命で、ひたすらピカピカにしていないと気が済まない人だった。車検も通した事がない。3年ごとに新車だ。そしてそれは独立開業した後も変わらず、おかげで家計が火の車だった。だから余計に車自体にこだわりが無くなってしまった。私は中古で買った10年選手の軽自動車を乗り続けている。
 ただ赤のレガシィだけは父親が乗り続けていて、どこに行くにもそれで乗っていた。元夫と同様車命だったけど、亡くなる年まで乗り続けていた父のそれは、私にとって大切な思い出だ。

 だから好きな車と言えば、赤のレガシィといつも答える。それを庄司君が聞いていたとは。

 それを説明すると、「そこまでは聞いてなかったみたいだけど…。」と照れくさそうに微笑んだ。

「俺が七海の事を好きになって色々と知りたかったのに、でも情報が入ってこない。普通は飲み会とかで聞いたりするのに、そもそもそういうの、七海参加しないじゃん。バツイチでお嬢さんがいて、消しゴムハンコが趣味でってせいぜいそんなレベル。そんな時にさ、親父…って言っても例の高校教師ね、その人からのお下がりのカローラがついに壊れちゃってさ、本当はなんでも良かったんだけど、七海の事を思い出したら、そっからは迷わず赤のレガシィを選んでいたわけ。七海達と一緒にドライブ行けたらいいなぁとか勝手に妄想しながらさ。」

 まさかそんな理由だったとはっ!恥ずかしさと照れくささを誤魔化すために煽いだプリントがバラバラと床に落ちる。それを拾いながら目を通してある事に気付いた。

「ねぇ、この住所って…。」
「ああ、うん。芽衣ちゃんが転校しなくて住む範囲で検索したんだよ。まぁぶっちゃけ荷物が少ないからここに俺が転がり込んでもいいんだけど、どうせなら3人、あ、できれば4人以上の愛の巣を作りたくって。」
「4人以上?」
「俺と七海と芽衣ちゃんと、俺達の子供。早く作ろーね♪芽衣ちゃんは妹と弟どっちがいい?」
「うーん。どっち…も?」
「よし。パパ頑張るぜっ!」

 うぉ…そんなしれっと言うんじゃないっ!!こっちが小っ恥ずかしいわっっ!!顔があっつーいぃぃ!本格的に恥ずかしくなって、手で顔を覆ってしまったら「七海ーっ!」って修也が抱き着いてきた。だからそういうことをすんなっ!ってもがいていたら、芽衣がびっくりとした顔で見ている。

「ほらっ!芽衣が見てるっっ!」
「えー、だってもうチューだって見られてるんだからいいじゃん。」
「そういう問題じゃ…っ!」
「ねぇ、修也パパ…?」
「ん?」

 二人で同時に声のした方に振り替えると、芽衣が首をかしげていた。

「あのね、修也パパはママとお出かけの時に手をつないだりするの?」
「うん、するよ?なんで?」

 修也即答です。

 あ…。そういう事か。芽衣の言わんとする事が私には分かってしまった。離婚する前、普段出不精な元夫は出かける時には芽衣と手をつないでいた。それは全然問題ない。ただ一度芽衣が「なんでママと手をつながないの?」と聞いたときに、「芽衣ちゃんと繋ぎたいから。」と言っていた。あの言葉の裏には『ママにも優しくして。』そんな意味が含まれていたのだと思う。芽衣は知っていたの。自分の大好きなママの手が、大好きなパパの手に触れようとしたときに振りはらわれた事を。それは本当に一瞬の出来事だった。今になって考えればきっとあれは私以上に芽衣が傷ついたのだろう。

 でも夫はそれに気付かず、その言葉を額面通りにしか受け取らない。芽衣に向けての笑顔の裏で、彼はそうやって私の事を貶めていて、それで私が傷ついた顔をすると少し笑って悦に入っていたんだ。

 エスカレートしていくそんな行動は、まるでどんなに私が傷ついても自分に縋ってくる、そんなシチュエーションに酔っているように思えて、あんまりにもバカバカしくなってしまった。だから途中からは一緒に並んで歩かずに、それこそ3歩くらい後ろを歩くようになった。彼は振り向かない。私が絶対にくっついてくると信じていたから。そんな裏切りは有り得ないとばかりに。

 私は『こうやっていればいつでも離れられるのかもなぁ』と少しずつ離れていく二人の後ろ姿をぼんやりと眺めていた。だけど芽衣は振り返る。『ママ、離れていないよね。』とばかりに不安げな瞳をしながら、私が付いているのを確認するために。

 

「でも3人で歩くときはつながないかもなぁ。」

 そんな状況を知らない修也が私を膝に抱えたまま、ムムムと眉を顰めている。

「えー、なんで?」
「だって3人だったら芽衣ちゃんを間に入れたいし。あ、でも両手に花っていうのも萌えるな…。う~~ん。」
「そういう問題かっ!!」

 おい…っ!突っ込み代わりに修也のおでこに何度もチョップして、彼はそれを避けもせずに笑って受けていた。全く、こっちは元夫との嫌な思い出を思い返していたのにっ!!
 でもその気持ちが嬉しくなってクスクスと笑いあっていた。そんな様子をじっと見つめる芽衣に気付かずに。

 そしてそんな芽衣から出た言葉……。

「そこに芽衣がいていいの?」
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