あの仔のおうち
 第三章


 ぐもォォ・・・ぐもォォ・・・ぐもおォォン・・・

 今度は低い獣のようなうめき声が聞こえてきた。まるでいたずらに鎖をギチギチと巻きつけられた猛禽類のような声だった。それはテレビ台の正面すぐ手前から聞こえてくるのだった。うさぎたちはテレビ台の裏っかわにいたので、そこに入ってきたときと同じようにテレビ台と洋服ダンスの間をすり抜けて反対側に向かった。そのすき間は大きいうさぎとちょうど同じくらいの幅だから、大きいうさぎはゆっくり身をよじらせて進まなくちゃいけなかった。それでじつはあんまり意味は無くってむしろ痛かっただけなんだけど、小さなうさぎがくっついた両手で大きいうさぎの毛を引っ張ってゆっくりバックしてあげるのだった。そのすき間もやっぱり瓦礫で凸凹道になっているので、小さなうさぎは何度かかかとからつまづいて頭からおもいっきりこけてしまうのだった。そうして小さいうさぎがズッこけるたびにうさぎたちは一緒になってブフブフ笑った。

 こけし救出作戦の疲労と、楽しいけれど過酷な道中にすっかりほうほうの体になって、なんとかうさぎたちは声の聞こえるところまで辿りついた。声の主はお侍さんのマスコットをキャップにつけたボールペンだった。そこではゲーム機だとかテレビだとかの配線と、どういうわけか釣り糸までが彼を巻き込んでギッチギチにこんがらがっていた。彼はおお・・・其れがしよ・・・せっしゃをどうか助け・・・ぅ・・・ぐもォォォォーーッ!!とまるで断末魔のように激しく痛々しく叫んだ。それからはただ、フー・・・フー・・・という弱々しく不安定な息の音だけが幽かに聞こえるのだった。うさぎたちはこれはかなり危険な状態だと想い、必死で彼を縛っているものをほどく道すじを考えた。だけどあまりにも複雑にこんがらがった配線や釣り糸をジッと見つめていると、うさぎたちはだんだん目が回ってくるのだった。と、また幽かにお侍さんのうめく声が聞こえたので大きなうさぎはしゅんかん気をとりなおして、ただもう勢いでこんがらがった配線と釣り糸をほどきにかかった。
 するとほんとにどういうわけか、大きなうさぎまでが一緒になって絡まってしまうのだった。ただ大きなうさぎの方はまだすぐにほどけそうな絡まり方だったので、小さなうさぎがくっついた両手で一生けんめいぶきっちょにほどきにかかった。そうしてると、その一連の流れの中で運よく配線や釣り糸がいくぶんか緩んだみたいだった。ほんのほんの少しだけ彼の体は楽になった。心は少しだけ安らかになった。自分で勝手に絡まってしまった大きいうさぎと、くっついた両手でヘンテコなかっこうになって一生けんめいになってる小さいうさぎの姿は何とも言えないくらい愛くるしくて、ぜんぶをほんとにもうぜんぶをただマヌケに想わせてくれるのだった。
 まっこと!気の抜ける御仁らですなあ!と言って、オンオンオンオン男泣きしながら彼は豪快に笑った。あんまり激しく泣いてあんまり大きく笑うもんだから、もはやなんのこっちゃ分からない轟音になっているのだった。

 まっこと感謝いたす!!というまっすぐで力強いお侍さんの声は、ヤニと埃とでくだらなく黄ばんだ部屋の中を何度も何度も勢いよく駆け抜けた。


 第四章


 しくしく・・・しくしくしく・・・

 今度は洋服ダンスの上の方から哀しそうな泣き声が聞こえてきた。うさぎたちはタンスのすぐ近くにいたので声を聞くとすぐスッと斜めに顔をあげてそこにあるものを確認した。洋服ダンスの上には埃をたくさんかぶったショーケースに入った洋式人形があった。
 わたしの胸はほんとにからっぽだと、素敵な洋服をきれいに折りたたんで少しでもいいからわたしの引き出しにつめ込んでほしいのと、彼女は言った。さめざめと泣きながら言った。タンスの側面のちょっと見えにくいところに引き裂かれたみたいな細長い傷があった。うさぎたちにはそれがなにかとても痛々しいものに想えて、いてもたってもいられなくなるのだった。
 うさぎたちはともかくもまずは引き出しを開けようと想った。いちばん下は山積みになったマンガ本のせいで開けられなかったので代わりにそれに乗っかって、下から二段目の引き出しを開けることにした。小さいうさぎはタンスの左端に、大きいうさぎはタンスの右端に向かってふた手に分かれた。引き出しのヘリから互いに体をおもいっきり押しつけあって、二羽ではさみ込むようにしながらよいしょっ、よいしょっ、てちょっとずつタンスを開いた。もちろんやっぱりタンスにはなんにも入っていやしなかった。
 この部屋ではほんとにもうずっとタンスというものが使われていなくって、すべての衣服は押し入れに押し込まれたりそこら中に積みあがってたり、ただそのへんにほり散らかされたりしている。そんなんだからお父さんやお母さんはときどき朝必死になって、部屋中をひっかきまわして作業着やストッキングを探したりなんかする。そのたびにまたほかのよくきている服がどこかに埋もれてしまったりするんだけど。
 うさぎたちはよし!引き出しはなんとかあけられたぞ!つぎはきれいにきれいにお洋服をたたむんだー!と言って、そのへんに転がってる洋服を手にとってたたみ始めた。小さなうさぎも大きなうさぎも一生けんめいたたもうとするんだけどぜんぜんうまくいかない様子だった。だってお洋服はみんなうさぎたちの体よりもずっと大きいからぴょこぴょこ動き回りながらしなきゃいけなかったし、大きいうさぎはもともととても不器用だし、小さなうさぎは両手が縫いつけられているんだから。うさぎたちはあの仔のちっちゃなお洋服だったらなんとかたためるかも知れないって想ったけれど、あの仔の洋服だけはいつもみんなあの仔の枕元の小さな赤いカバンの中にしまいこまれているので、やっぱり大人たちの大きな洋服に取りかかるしかないのだった。
 大きなうさぎは奮闘の最中にけつまづいてズッこけて、そのまま洋服にくるまってコロコロと転がった。それをみて洋式人形はクスクスって笑った。
 とつぜんガラガラとふすまを開ける音が鳴って、お母さんが入ってきた。うさぎたちはそのままそこで固まってしまった。だってうさぎたちは大人たちの前では決して動けないように生まれてきてしまったから。声だけは一応出せるんだけど、いくら叫んでも大人たちにはいつだってなんにも聞こえやしない。そんなことはうさぎたちにはもう嫌というぐらいわかりきっていた。それでもうさぎたちはぜんぜんあきらめもしないでタンスの引き出しに洋服をつめ込んでもらえるように何度も叫んだ。洋式人形も一緒に、ボロきれみたいな声になってのどから血の味がするくらいまで叫び続けた。そしたらみんなの願いが届いたのかどうかはわからないけれど、めんどくさがりのお母さんがやっぱりめんどくさそうに洋服をたたみ始めた。お母さんは洋服を三枚だけたたんで、うさぎたちが開いた引き出しから洋服をぶしつけに放り込んでから、また部屋を出て行った。
 洋式人形はほんのほんの少しだけ心が充たされて、ポロポロと泣きながらうさぎたちに丁寧にお礼を言った。風船から空気の抜けるときみたいな声で。それにまたうさぎたちがおんなじような声で応えるもんだから、みんなのスッカスカの声が洋式人形にはとても素敵なものに想えて、ぜんぶをほんとにもうぜんぶをただゆる~く感じさせてくれるのだった。
 ほんとにわたしたち情けない声をしていますわね!と、ちょっぴりうれしそうにニコって微笑みながら静かに泣きながら、洋式人形は言った。

 ほんとうにありがとうございますわ!と言うつつましく清潔な彼女の声が、反吐が出るくらい汚ないゴミ溜めみたいな部屋にコロンコロンと優しく染みわたった。



 夕暮れどき、もうすっかりボロボロになったうさぎたちは黒い地球儀を眺めて悶々としていた。ぼくらけっきょくなんにもしやしなかったじゃないかって。コケシもボールペンも洋式人形もやっぱり今も苦しくて哀しいんだろうなって。さっきからやっぱり苦しそうな声とか哀しい声が色んなところから聞こえてくるもんだから。破れて使わなくなった古い布団だとか破れっぱなしの畳、割れたままの窓とか所々ボコボコに削れた土壁だとか、そういうもののすぐ近くではきっといつだって誰かが無意味に苦しまされてるんだろうなって想うとあんまり哀しかった。なんてぼくらは無力なぬいぐるみなんだろうって。
 うさぎたちはほんとにもう哀しそうな様子でヒョロヒョロと小さな毛布の中に戻った。それからうっすら黒い毒の憑いたあの仔の小さな胸をいたわるように鼻でスンスンスンスンしながらボロボロ泣いて眠ってしまった。



 終章

 もうだいぶ日は沈んで部屋の中もずいぶん薄暗くなっていた。あの仔は長い夢から目を覚ました。うさぎたちをきゅうきゅう抱きしめながら、とくべつきれいな涙とともに目を覚ました。どんな夢を見ていたのかは不思議と思い出せなかった。ただその暖かい心地だけがうっすらとした余韻になって、確かにあの仔を包んでいた。
 そんなほの甘い気持ちのままうさぎたちに目をやると、あの仔はうさぎたちがうっすら黒ずんでいることに気がついた。自分の胸の黒さがちょうど三分の一ぐらいになってるのには一切気づかないまま。あの仔はうさぎたちがかわいそうだと言って手洗いしてあげることにした。
 あの仔がうさぎたちをつれて洗面所の方に向かうと、ちょうどお父さんが帰ってきたところだった。お父さんはまた酔っ払っている。だらしなく身体をフラつかせて靴を乱暴に脱ぎ散らし、飲みかけの焼酎片手になんやかんや言いながらあの仔に酒臭い息を吹き掛けた。あの仔が反射的にうさぎを横に避けさせたら、それがカンに触ったのかチって舌打ちをした。それから意味もなくあの仔を殴り付けた。お母さんもまた玄関のドアを開けて家に帰ってくると、お父さんは今度はお母さんの方に向かってなにかと愚痴りはじめた。あの仔はそのまま洗面所に入っていった。オヤジの怒鳴り声が家中に鬱陶しいぐらいに響いていた。あの仔の目に少し涙が浮かんだ。

 洗面所へ入ると、あの仔はまず桶に水を入れてポッケから自分のハンカチをとり出した。そうしてうさぎたちのことを丁寧に拭き洗いしてあげた。
すると今度はまたあの仔の手の方が黒くなるのだった。そしたら今度はうさぎたちが、黒くなったあの仔の手を鼻先でスンスンスンスンする。そしてまたあの仔にうつった汚れがうさぎに戻ってくる。またあの仔はうさぎを拭いてあげる。うさぎはあの仔をスンスンする。あの仔はまたうさぎを拭く。そんなことをずっと大まじめに繰り返してたら急に、これじゃあキリがないねってあの仔はケラケラ笑った。ほんとおかしいよ~ってうさぎたちも一緒になって笑った。それからその繰り返しがなんだかとてもうれしいらしくて、みんなでワイワイ何度も何度もおんなじことを続けた。

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