恋衣 ~呉服屋さんに恋して~



 歓迎会の会場は、商店街にある居酒屋だった。和を意識した木造の建物に、看板にはほのかな明かりが灯っている。
 店に入り、予約していた個室へ案内されると、御堂くんが口をヘの字に曲げて仁王立ちしていた。

「遅い」

 時間には間に合ったのに。

「ご、ごめん……」

 それでも御堂くんに気圧されて謝罪すると、彼はクスリと笑った。怒ったのは冗談だったらしい。

「遅くなったのは、凛子が急に立ち尽くしたからよ」
「み、美里っ」

 美里が御堂くんに少し遅くなった理由を説明する。私は慌てて彼女の声を遮ろうとしたが、間に合わなかった。

「え? 何か言っちゃまずかったの?」
「べ、別に……そういうわけじゃないんだけど……」

 私は語尾を小さくしながら俯いた。
 そうだった。私が十夜さんに好意を寄せているとか、彼が商店街にいるとか……そもそも十夜さんのことを二人は知らないのだ。
 今回の会場がたまたま商店街にある居酒屋で、たまたま突き当りを左に曲がったところで。ここを右に曲がれば十夜さんのお店が……と、考えていたことなんて、バレるはずがない。……だから私の無謀な恋もバレることはない。

「リンリン、何か商店街に思い入れでもあるの?」
「う、ううん! それより席はどこでも座っていいの?」

 御堂くんの澄んだ瞳にじっと見られていると、十夜さんとはまた違った意味で耐えられなくなる。
 私が話を逸らすと、御堂くんもそれ以上は特に聞いてこず、「二人はこの辺りに座ってて」と、入口近くの席を示した。
 確かに他の席は埋まっていて、空いているのはその辺りだけだった。

「思うんだけど、この辺って幹事が座るんじゃない?」

 そう言って席の周りを見ると、御堂くんの荷物があった。一番下座のテーブルにはケータイが置かれている。

「ホントだ。これは手伝いさせられるね」
「幹事の前か隣か……あんまり変わらないわね。私はここに座るから、凛子はそっちね」

 美里は御堂くんの隣に荷物を置き、私にはテーブルを挟んで向かいにある席を指差した。
 どちらに座っても、幹事に近いから飲み物や食べ物の受け渡しの機会も多い。それに盛り上げ役でもある幹事のために、挨拶やお開きの時間が来たらタイムキーパーとして知らせなくてはならない。
 うまいこと御堂くんにはめられた感がある。
 きっと御堂くんと一緒に早く会場に入っていても、この席に座らされただろう。そうでなくては、他の女子社員が御堂くんの隣を空けておくはずがない。
 会場に全員揃ったことを確認した御堂くんは、案の定、ケータイが置いてあった席に腰を下ろす。それを見計らって、私は彼に声を掛けてみた。

「御堂くん。最初からここの席って、私達に座らせる予定だったんでしょう?」
「え? まぁね。だって、近くにいる方が楽しいだろ」

 御堂くんは驚いたように一瞬目を丸くしてから、目尻にしわを作った。
 そのクシャクシャな笑顔を見せられると、私も美里も何も言えなくなる。私達は参ったように笑いながら、その場に幹事のお手伝いをすることにした。

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