恋衣 ~呉服屋さんに恋して~
(十夜さん……本当は、貴方に何度も会いに行こうとしたのです)
だから十夜さんのいるお店へ続く道を、忘れたくても忘れることなんてできなかった。
しかし、私のとぼけ具合を本気だと受け取った裕子は、焦ったように顔を覗きこんできた。
「だ、大丈夫なの? まぁ……商店街の中だから、迷ったとしても知れてるけど」
語尾が不安そうにフェードアウトしていく。なんだか、これでは裕子をいじめているようだ。
「あ、思い出した……! 右の一番奥っ」
思い出したフリをして教えると、裕子が勢いよくこちらを見てきた。
「ホントに?」
「うん、ホント。大丈夫だから」
「よかったぁ……。お姉ちゃん、たまにボケてるから」
裕子は小言を零しながらも、ホッとしたような笑みを浮かべた。
商店街の入り口から歩いて五分もすれば、私の言葉通りの場所に、筆文字で『益田呉服店(ますだごふくてん)』と書かれた木の看板があった。
「あそこ? お姉ちゃんが振袖を注文したところって」
「……」
「お姉ちゃん?」
「あ、ごめん! ボーッとしてて……」
視界に『益田』の文字を捕えた瞬間、私の足は鉛を付けたように重くなった。
その場から動けなくなり、先を歩いていた裕子が振り返る。呼ばれても、すぐに駆け寄ることさえできない。
(十夜さん……こんなにも近くに来てしまいました……)
五年ぶりに十夜さんと会う。そう思うと、急に怖くなってしまったのだ。