お嬢様になりました。
キーッと威嚇しても海堂は涼しい顔をしたままで、余計苛々した。


涼しい顔どころか、人をおちょくっている様にも見える。


海堂は両手をズボンのポケットに入れ、胸を張り偉そうに立ち直した。



「今度から俺の事は隆輝って呼べ」

「は? 何で? いいじゃん海堂のままで」

「婚約者なのに苗字呼びなんておかしいだろうが」



それはそうかもしれないけど……。


でも今更名前で呼ぶなんて、妙に恥ずかしい。



「葵」

「なっ、勝手に人の名前呼ばないでよ!!」

「お前も俺の事、隆輝って呼べばいいだろ」



呼べばいいだろって……勝手な奴。


私はこんなに戸惑ってるのに、こいつは平然と私の名前を呼んだ。


いつも私の方が余裕がなくて、ほんっとにムカつく。



「柄にもなく照れてんのかよ?」

「っ……」



柄にもなくってどういう意味よ!!


人の反応面白がるなんて、マジ悪趣味。



「照れてなんかない!! 調子にのんな!! もうっ、いいから早く中に戻ろうっ!!」



スタスタ足を進めるが、海堂は後ろからついてこなかった。


もう、なんなのあいつっ!!


ばっと振り返ると、腕を組み挑発する様な目つきをした海堂が、ジッと私の事を見ていた。



「お腹すいた!! 早く来ないとおいてっちゃうからねッッバカ隆輝っ!!」



なんなのこの羞恥プレイー!!


絶対今の私、顔真っ赤だよ。


隆輝は腕組みをしたまま歩き出し、私の隣で足を止めた。



「バカは余計だ、バカ」

「なっ……」



隆輝ははにかんだ笑みを浮かべ、私の手を取りゆっくり歩き始めた。


私の歩幅に合わせる様に、ゆっくりと。






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