M i s t y
虚構の中の真実


店の帰りにこの場所に寄るのが習慣になっていた。

古ぼけた電話ボックスは、中に入ると外界から切り離されたような

安堵感がある。

車を路肩に止め、本部に定時の連絡をいれた。



「今回は接触だけでいい 絶対に無茶をしないように

相手の身体的特徴 クセ 声の抑揚 観察するだけにとどめて欲しい

追い詰めるようなことは決してしないように いいね

それから君のいる近くで 政府高官の自宅が爆破された 

気をつけるように」



厳しい世界に身をおく人間にしては珍しく、穏やかな雰囲気を持つ

室長代理は、私への指令と情報を伝えたあと、また、しつこいほど

無理をするなと付け加えた。




最近は少なくなった公衆電話。 

携帯電話の普及で電話ボックスの数は激減していた。

公園の入り口にあるこのボックスも、そのうちなくなるのだろうかと、

連絡の度に使ってきた重みのある受話器と小さな空間に 

一時の安息を求めた時を思い出し、感傷に浸っていた僅かな時間、 

神経の糸が緩んでいたのだろう。 

近づく男の影に気がつかなかった。

彼と私の新たな出会いは、些細な心の隙間から生まれた。



車に戻りエンジンをかけ、アクセルを踏み込もうとした時だった。

後ろのドアが開き、男が転がるように車に乗り込んできた。



「車を出せ! 余計な行動はするな」



ルームミラーに写る男の顔は、フードで覆われ俯き加減ではあったが、 

サングラス越しの視線が刃物のようだった。

殺気がみなぎり、追い詰められた表情を隠そうともしない。

車の外に視線を走らせると、公園の中には数組の親子連れと、 

散歩を楽しんでいるのか老夫婦が二組。

住宅地の近くでもあり、ここで騒ぎを起こすわけにはいかないと判断し 

男の言葉に従うことにした。



「ど どこにいけばいいの」


「行き先は俺が言う 余計なことをしなければ助けてやる」



声に聞き覚えがあった。



「アナタは いつもお店に来る……」


「えっ? アンタ……」



互いに今朝会った顔が、そこにあることに驚きを隠せなかった。




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