ひな*恋
「…ほらよ」



「え…?」



男の子は私に差したままの傘をグイッと向けてきた。


え、それって私に……?



「そんな目で見られながら帰っても、明日朝寝覚めが悪くなるだろ?」



「でもっ、そんな事したらキミが…っ」



「俺ん家はここから近いから、ちょっとくらい濡れても平気だし。
それに…」



男の子は私の胸元に目線を移しながら、押し付けるように傘を持たせた。



「その胸に張り付いたTシャツ。男には魅惑的過ぎて困るんだけど?」



「っ!!?」



ギュッと傘の柄を握り締めたまま、私は両手で胸元を覆うように自分を抱き締めた。


言われた通り、濡れたTシャツが私の身体に張り付いてはいる。



「そ そんなトコ見てたなんてぇ!」



真っ赤になって文句を言ったけれど、男の子はクッと笑って雨の中を歩いて行った。





「…って。
私だって、ここから家近いもん…っ」




大雨のせいでどんどん濡れていく男の子の背を、私はずっとビミョーな気持ちのまま見送っていた。





あ…

知らない男の子から、傘を借りてしまったんだ。


名前ぐらい、訊いときゃよかったかな――――。











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