【完】『潮騒物語』


名前とは奇妙なものである。

藤尾のぞみ、と慶は聞いただけで道頓堀川のネオンサインや、新世界の色彩の強い看板と通天閣の光景を思い出してしまう。



初めて待ち合わせたのは、天王寺である。

のぞみと慶の邂逅も、また信じられない話ながら、ちょっと変わっていた。

逸話が残っている。

いわゆるSNSと呼ばれる交流を主眼としたサイトで知り合ったのだが、すぐに会う会わないとはならず、半年ばかり淡々としたメールのやり取りだけで過ぎていた。

が。

初めて会う約束をしたのぞみは、天王寺の駅の改札口にあらわれた慶を見て、驚きを隠せなかった。

(あ、造幣局の彼…?!)

造幣局、というのは解説が要る。

毎年四月になると、天満宮のそばの造幣局の桜の小径が、限定で開放される。市民はそれを「造幣局の通り抜け」といい、頭上の桜を愛でながら散策する。

その桜の通り抜けの人混みで、背の高い若者と、のぞみの互いの肩がぶつかったことがある。

なぜか花見だというのに──慶もまったく記憶がない──不機嫌な顔をしていた。




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