あの夏よりも、遠いところへ

結婚前の女の子が無断外泊なんて有り得ない。

お母さんはそう言って、朝まで起きていた。お母さんだけじゃない。お父さんも一緒。

わたしが無断外泊したとしてもこんなに心配はしてくれないんだろうな、なんて、馬鹿げたことをぼんやり思った。仕方なくわたしも起きていたよ。眠ることは許されない空気だったし。


雪ちゃんは出て行ったときと同じ服で帰ってきた。当たり前だけど。明け方の5時半過ぎ。知らないシャンプーの香りがして、気持ち悪かった。


「小雪っ」


いつもは「小雪ちゃん」と呼ぶお母さんが、はじめて雪ちゃんを呼び捨てにした。驚いたのはそれだけじゃない。雪ちゃんが口を開く前に、きれいな頬を手のひらで殴ったんだ。

雪ちゃんはなにも言わなかった。


「どこでなにをしていたのか言いなさい」


それでも黙ったまま。


「――小雪!」


ずっと無言だったお父さんの大きな声に、雪ちゃんの肩がびくっと震えた。わたしも驚いた。


「言えないようなことをしていたのか? まさか、立川くんと――」

「違うっ!」


左の頬を真っ赤にした雪ちゃんが、お父さんを睨みつける。普段怒らないひとが怒ると、こんなにも迫力があるんだな。


「陽斗くんは違う。違うの。だから陽斗くんのことを悪く言うのはやめてよ」


雪ちゃんはやっぱり、怒るほど、陽斗のことが好きなんだ。
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