あの夏よりも、遠いところへ

世界は理不尽にまみれている。


「朝日(あさひ)、どこ行ってたの! もう10時半よ!?」

「別にどこだっていいじゃん」


学校指定の白いスニーカーはダサいし、それに合わせるソックスも白だなんて、ダサい。

隣に並ぶ、高校生の姉のローファーがかっこよくて、まぶしくて、靴も揃えずに自室に向かった。


「朝日、靴くらい揃えなさい!」


お母さんの怒った声は階段の下からでもよく響くなあ。


「朝日ちゃん。おかえりなさい」

「ただいま、雪ちゃん」


ふたつ年上の姉とわたしの部屋は同じだ。高校生にもなって妹と一緒の部屋なんて嫌なんじゃないかと思うけれど、雪ちゃんはそんなの気にしていないらしい。

雪ちゃんは、優しくて美人な、自慢のお姉ちゃん。


「遅かったね」

「うん。ちょっとね」

「あんまり遅くなるとお父さんとお母さんが心配するよー?」


そう言って小さく笑うと、彼女はグランドピアノに向き直って、細かい音符を両手でなぞり始めた。

防音の聴いた特別な子ども部屋は、雪ちゃんのために、お父さんとお母さんがお金を借りてまで作ったらしい。

そりゃ、こんなに美しい演奏を聴かされたら、お金も掛けたくなるよね。わたしだって雪ちゃんのピアノはとっても好きだ。
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