【完】『海の擾乱』

13 壱岐の海戦

例の泳いで逃げのびた拳術の使い手は、李義勇といった。

「なぜ名がわかったのだ?」

「どうやら生け捕った俘虜を絞め木にかけて、吐かせたようにございます」

絞め木にかけさせたのは大友隊の地頭だ…という。

河野通有と嫡男の通忠は、ともに不快な顔をした。

「絞め木にかけて吐かせるというのは、どうも性に適わぬ」

この話は室津から転進した行藤も太宰府へ向かう道中の香春の陣で聞いた。

というのも…。

室津での合戦のあと、

「九州へ回れ」

と中国探題の北条宗頼から勘気を受け、長門の警衛の番役を解かれ、役を外されたのである。

原因は例の「新しき戦い」で、

──あれはどう見ても鎌倉武士のする戦い方ではない。

そうやって讒訴する者があって、どうも外されたらしかった。

「…ま、戦もまつりごとも長けておらねばこうなる、ということよ」

迎えに出向いた河野通忠に、行藤はこぼした。

慣れた様子で行藤は笑っていたが、まだ十四歳でこれが初陣でもあった通忠は、世の汚れを見たようで、ますます不快な顔をした。



行藤は太宰府へ到着すると留守居を任されていた比志島時範から、

「少弐どのは筥崎におります」

と聞かされ、行藤は渡海の拠点となる筥崎八幡宮へと移った。

比志島時範とともに筥崎に到達した行藤は、出家して覚恵と名乗っていた八十四歳の少弐資能に呼ばれた。

経資と景資の父でもある。

「貴殿は検分役でもあると聞く」

この資能の補佐を頼みたい、といってきたのである。

「ご子息の経資どのや景資どのでは、無理でございまするか?」

せがれどもには頼めぬ、と資能はいい、

「年老いた親が足手まといとなっては、鎌倉どのへの申し開きが立たぬ」

二階堂どのより他に頼めぬのだ、と資能は頭を下げた。

「お手をお上げ下さりませ」

おそらくただ頼んでいる訳ではない、と行藤は気づいたが、

(総大将の脇なら)

検分の役は果たせる、と踏んだのか、気づかぬふりで引き受けることにした。



いっぽう。

瑞梅寺川の頼綱の陣は後詰めとして住吉に転進。

博多の櫛田神社に陣を敷いていた金沢実政とともに、後方の司令部という形となった。

六月十五日。

東路軍の船が西へ動き始めた、という報が見張りの早船によって知らされ、松浦水軍の別動隊と島津久長の島津隊と、水軍でもある比志島時範の比志島隊は先回りで壱岐へ渡り、勝本浦で龍造寺隊と千葉隊に合流。

壱岐の沖にいる、という一報が入ると香西度景の香西隊と竹崎隊、都甲惟親の都甲隊が壱岐を目指した。

総大将は少弐資能、その脇を経資の嫡男の資時が少弐隊として陣を構えた。

少弐景資は別動隊として、すでに船団を仕立ててある。

行藤は守護代でもある少弐資時とともに陣を張り、総大将の資能と三人で在陣するという形となった。



六月二十八日。

十八日に寧波の湊を出た三千五百の江南軍の船団が平戸沖に到達、という旨の狼煙が上がり、

「いよいよ戦だな」

と壱岐に詰めた全軍は士気をみなぎらせた。

翌二十九日、壱岐沖で六百の東路軍の船と合流した江南軍は、壱岐占領を試みるべく勝本浦に上陸を開始。

浜辺で待ち構えていた島津隊は、囮を使い湾に誘き寄せる計を案じ、全軍が引き付けられた隙を見計らって、

「放てーっ!」

と崖の左右から潜ませた兵に一斉に矢を放たせた。

袋のネズミとなった元軍は急いで船で退却を開始、そこをすかさず竹崎隊と大矢野隊が河野水軍と共に追撃を始めたのである。

「雑魚の首は要らぬ!」

狙うは大将范文虎の首ひとつ、と大矢野種保が大音声を張り上げる。

竹崎季長は鎧を針鼠状に矢だらけにしながら敵船に乗り込み、船将を討ち取る働きを見せた。

思わぬ追撃を受けた元軍は鷹島を目指し始め、

「それ、逃すでないぞ!」

という河野通有の号令一下、次々に火矢を帆に射かけたのである。

帆を焼かれた帆船は制御を失い、次々に日本側の兵が乗り移り始めてゆく。

先手の龍造寺隊は元船に移るとまず水手を討ち、火で炙り出された兵を船ばたに追い詰め、片っ端から海へ追い落とした。



いっぽう。

壱岐に上陸した元軍の一部は千葉宗胤の千葉隊による波状攻撃により、少弐隊の正面に転進してきた。

少弐隊は守護代少弐資時、覚恵入道資能、さらに検分役の行藤がいる。

千葉隊と少弐隊に挟まれた元軍は猛攻を始め、怯んだ少弐隊の真ん中を割るように攻めかかってきた。

少弐隊は崩れ始めている。

行藤は当初こそ押されて少し退いたが、

「退いてはならぬ!」

といい、例の投石隊の反撃もあって、なんとか押し返した。

が。

ようよう立て直した陣に使番が飛び込んで来た。

「申し上げます!」

「何事じゃ!」

郎党が応えた。

「守護代どの、討ち死にの由にございまする」

少弐資時の討ち死にの報である。

「して入道どのは?」

「入道どのの陣も、乱戦となっておりまする」

行藤はしばし瞑目し考えたが、

「…参るぞ」

「馬引けーっ!」

覚恵入道資能の救援を決めたのであった。



少弐隊の陣は敵味方が入り乱れており、

「これでは投石隊が使えぬな」

と、精鋭三十騎を率い中へ割って入った。

すると。

敵に組み伏せられている覚恵入道がある。

「入道どの、ご加勢つかまつる!」

言うが早いか行藤は、長薙刀で敵兵の首を一振りで刎ねた。

「かたじけない」

「危のうございますれば、入道どのは退かれませ」

入道はかぶりを振り、

「資時の仇は討たねばならぬ」

といい、再び立ち上がった。

そのとき。

入道資能の眉間に流れ矢が命中した。

「…入道どの、入道どの!」

すでに意識はない。

即死である。

「…入道どのの亡骸を引き揚げよ」

大将を討たれた少弐隊は、崩れ始めていた。

二階堂隊は孤立である。

少弐隊が崩れた今、今度は四方から二階堂隊が押され始めた。

いよいよ、

「これは討ち死にも、腹に置かねばなるまい」

とよぎった矢先、

「平頼綱、ご加勢つかまつる!」

博多にあるはずの頼綱隊が来たのである。

頼綱隊が来たことで形勢は再びひっくり返った格好となり、どうにか虎口を行藤は脱することができた。



七月になった。

壱岐での合戦は守護代と総大将の討ち死にという大打撃もあったが、壱岐上陸を阻んだという面では、概ね成功でもあった。

すでに三前二島の太守となっていた、太宰府の少弐経資は行藤の報せに、

「なにゆえ景資がおらなんだのだ」

と、博多の本陣から動いていなかった弟の少弐景資の行動に疑念を持った。

さかのぼって。

博多の櫛田神社にある鎮西探題の本陣では、平頼綱を差し向けたきっかけとなった軍議が開かれていた。

実は鎮西探題の金沢実政は判断しあぐねていたのであるが、

「景資どのは仮にも御家人である」

斯様な折には御内人が出るのが筋であろう、といった安達盛宗の意見が通った形であった。

少弐経資がこの経緯を知ったのは、はるかな後日である。



ともあれ。

頼綱は壱岐にある。

行藤と頼綱は隣の陣に滞在する格好となった。

夜。

頼綱の陣所を不意に訪ねてきた者がある。

行藤であった。

そのため頼綱の陣中は一時は騒がしくなったが、

「構わぬ、お通し申し上げよ」

という頼綱の一声で一気に静まったのであった。

(何を企んでおるのだ)

頼綱の顔に緊張感がよぎった。

小具足姿の行藤は、

「夜分ご無礼いたす」

「まずはこなたへ」

頼綱は床几をすすめた。

「して判官どの、用件の向きは…?」

「ちと、貴殿に訊ねておきたきことがあってな」

貴殿はよく御家人を憎んでおろう、といい、

「もしや頼綱どのは得宗家を別格になさるおつもりで、何かお考えではあるまいか?」

いきなり行藤は頼綱に核心を衝いたのである。

「…さすがは判官どの、図星でございまする」

意外に頼綱はあっさり語りはじめた。

「それがしは判官どのも存じおりの通り」

賎しき身分から引き立てていただき、得宗家にご恩がございまする、といい、

「それがしは恩を返したいがだけにございまする」

行藤は神妙な表情になり、

「なるほど、貴殿のお心構えはご恩に報いんとする奉公の心、まさに鎌倉武士の生きざまでござろう」

なれど、と行藤は続け、

「わが二階堂家は得宗家に血縁がないゆえ別に得宗家が別格となろうが気にならぬが、血縁のある北条家のご一門や、松下禅尼さまのご生家たる安達家はどう思うか」

頼綱は黙った。

「もし得宗家の格を高めるのであれば、御所の将軍様のお立場はいかがあそばすおつもりか」

正論中の正論である。

「…気持ちは分からぬではないが、やり方を間違えてはならぬ」

行藤はさらに、

「貴殿は得宗家を大事と思うあまり、他が見えぬことがある」

そこは気をつけられよ、といい、

「戦ばかりが武士の能ではござらぬ、よくよくお気をつけられよ」

「…わざわざのお言葉、肝に命じまする」

行藤は床几を立った。



七月七日。

壱岐の郷の浦沖の東路軍は、島津久長と比志島時範の薩摩隊と海戦、比志島水軍の執拗な攻撃は二十日間に及んだ。

「なぁに、斯様なときには夜討ち朝駆けに限る」

という比志島時範の豪気な判断により、昼間に戦を仕掛けたあと夜中も船で斬り込みをかけ、明け方に引き揚げて昼間にまた仕掛ける…という手段で、あとから加勢した松浦水軍も同様の作戦で波状攻撃を仕掛けたのである。

この作戦中、比志島時範は松浦水軍の水手から、

「この時期の坤の風は遠からず嵐が来るゆえ、気を付けられよ」

という噂を耳にした。

それを聞いた島津久長はしばらく考えていたが、

「よき手がある」

とひらめいた様子で拳を叩いた。

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