明日へのメモリー

 あのぅ……、『そっち』ってどっちでしょうか……?

 一瞬浮かんだ間抜けな突っ込みも、彼のこわい顔を見てたちまち引っ込む。

 でも……、父の会社の事情なんか、話したって仕方ないじゃない。


 樹さんも隣に腰を下ろした。

 ゆっくりとカフスとシャツのボタンをはずし始める。

 わたしが何か言うのを待っているようだ。でも、彼の動きが気になって、説明どころじゃない。


「今のお前の立場はどうなってるって聞いてるんだぞ? どうして何も答えない?」


 はっと顔を上げると、苛立った目にぶつかった。ちょっと慌てる。

「だって……、話しても樹さんが困るだけだし……。これは、うちの会社の問題で、大学入試とはワケが違うんだから」

「やっぱりな。会社絡みだと思った。お前の顔見てると、そいつが好きで嫁に行くって感じでもないし」

 鋭い……。ぐっと言葉に詰まったところで、畳み掛けられる。

「さっき『TK銀行の頭取の息子』って言ったな? つまり、あの禿げの頭取の野郎、親父さんへの融資と引き換えに、お前に息子の嫁になれ、とか強要してるのか?」

「……えっ、どうしてわかったの? それに、TKの頭取さんを知ってるの?」


 ずばり言い当てられ、同時にその失礼な言い方にも目を丸くした。

 樹さんは、納得したようにうなずいている。

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