HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
 そんなこんなで、舞を説得するチャンスを窺っていた俺だが、あまりしつこいのも本気で嫌がられるだけなので、放課後直前までは黙っていることにした。

 そして昼休み。のどかな雰囲気の教室に、予告なしに嵐が訪れた。

 俺は珍しく母親の手作り弁当を持参していて、親友田中のサッカー話に耳を傾けながら弁当をつついていた。

「清水先輩!」

 突然、甲高い声が田中の話に割り込んでくる。

 俺はその声の主を確認する前に眉をひそめた。部活動もやっていない俺が「先輩」と呼ばれる機会はないに等しい。

 それにこの声、どこかで聞いたことがある……と思いながら仕方なく横を向くと、見覚えのある綺麗な顔立ちの1年生が立っていた。

「学園祭ではお化け屋敷をするんですよね? 清水先輩は当日お化け屋敷にいるんですか?」

「いると思うけど」

 この顔は確か1年生で1番人気があるという女子だったはず。名札には桜庭(さくらば)と書いてあった。

「よかったー! 友達と一緒に遊びに来ますね」

「え、マジで? 友達って女子だよね? たくさん連れてきてほしいなー! ウチのクラス、絶対面白いからさ」

 田中がやけにはりきって会話に参加してきた。

 一方桜庭は「今、初めて気がつきました」という顔で田中を見る。……割り込んできたのは桜庭のほうなんだけど、ね。

「ええ、わかりました」

 テンションの高い田中に気圧されたらしく、桜庭は素直に返事をした。これに田中が喜ばないはずはない。

「よっしゃーーー!」

 田中の雄たけびに、舞がビクッと震える。俺は思わず噴き出してしまった。

「清水先輩。もう一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 桜庭は俺の顔を覗きこむように少し身を屈めて、わざわざ目線を合わせてきた。

「何?」

 正直に言うとそのポーズがいちいち男性ウケを狙っているように見えて、俺はものすごくイライラするのだが、田中は俺とは正反対に目尻を下げて桜庭を見つめていた。



「清水先輩の『気になる人』って、そこの人ですか?」



 桜庭は腕をピンと伸ばして、俺の向こう側を指差す。

 俺と田中は一瞬、目を見合わせた。

「あ、え……っと」

 田中が上擦った声を出したが、桜庭は腕を引っ込めようとはせず、そのままの姿勢でひたすら舞の顔を睨みつけている。

「違うよ」

 俺が口を開くと、桜庭は眉に皺を寄せて、鋭い視線の照準をこっちに合わせた。

「違う? 隠しても無駄ですよ。みんな噂してます。清水先輩がそこの人をかばってるって」

「かばうっていうか、俺は当然のことをしてるだけ」

「当然?」

 いちいちオウム返しする桜庭に、俺はますます苛立ちを募らせた。

 息を大きく吸い込む。そして桜庭を正面から見据えた。



「高橋さんは俺の彼女だから、俺は彼氏として当然のことをしてるだけだよ」



 ガタッと大きな音がして、俺の横で舞が立ち上がる気配がした。振り仰いでみると、舞の目は桜庭を真っ直ぐに射抜いていた。

 俺はドキッとしたが、何も言えない。

 舞が静かに口を開いた。

「そういう話はどこか別の場所でしたほうがいいですよ」

「ここでしてもいいでしょ。あなたには何も迷惑をかけていません」

 驚いたことに桜庭は腕を腰に当てて、マンガでしか見たことのないような典型的な怒りのポーズを取った。

 俺は内心ヒヤヒヤしながら舞を見る。

 しかし舞は無表情に桜庭を見つめていた。いつもと変わらぬ静けさが舞の周りを包んでいる。

 眼鏡の奥の大きな黒い瞳に吸い込まれそうだと思ったそのとき、ふたたび舞が言葉を発した。



「迷惑です。うるさくて本が読めないですから」



 きっぱりと言い切った舞は、俺の後ろを通り廊下へ出て行った。

「何、あの人? こわーい」

「高橋さんの言うとおりだと俺も思う」

 それに君の態度のほうがよほど怖いけど、と心の中で付け足す。

「彼女さんだからかばうのは当然ってことですね。よくわかりました。でも清水先輩があんな人を好きだなんて信じられません」

「信じてもらえなくても、俺は一向にかまわないけど」

 そういえば弁当を食べている最中だった、と思い出し、俺は冷たくて固い飯を口に運んだ。

 すると桜庭はクスッと笑う。

 訝しく思って箸を止めると、

「じゃあ、やっぱり私、諦めませんから」

 と、桜庭が晴れやかに言った。艶然とした笑みを浮かべて俺を見下ろしている。

「あんな人、清水先輩に似合わないもの。いまどきあんなダサい眼鏡、ありえない」

「桜庭さん、今すぐ教室から出てって」

 俺の声が低くなるときは要注意だ。田中が難しい顔のまま水筒のお茶を飲む。

「だって私のほうが絶対かわいいじゃないですか!」

「同じことを2回言わせるな」

 それでも桜庭は「だって」と繰り返した。俺の中でカウントダウンが始まる。

 5、4、3、2……



「いくらかわいくても、しつこいと嫌われるんだぞ! そして『性格ブス』って言われちゃうんだぞ! それでもいいのか!? 君のこと、かわいいと思ってたけど、あーなんか、ガッカリ!」



 俺は驚いて前の席に座る男の顔を凝視した。

 田中がぶっきらぼうに「ごちそうさま」と言って席を立つ。そして水筒を肩にかけると桜庭の腕をつかんだ。

 桜庭は慌てて田中の手を振り払い、フンと荒い鼻息を漏らすと、くるりと回れ右をしてダンダンと床を踏みしめながら退場した。

「田中……ありがとう」

「俺、今、ものすごくひどいこと、言っちゃった?」

「うーん。大丈夫だと思うけど。桜庭さんはそれよりひどいことを言ってたから」

「だよな! 俺、女子にムカつくことってあまりないのに……何か悪いもん食ったかな?」

 田中は食べ終わった弁当箱を片手に持ち、小首を傾げた。

「いや、今のお前、カッコよかった」

 確かに田中が女子に声を荒げる場面を目撃したのは初めてだった。俺は素直に思ったことを言う。

 すると田中は照れたように笑った。

「ま、高橋さんのほうが数倍カッコよかったけどな」

「俺の彼女だし、まぁ当然?」

 俺は弁当の残りをハイペースで口に運ぶ。田中のわざとらしいため息が聞こえてくる。



「なんか今、すげー寂しくなった。くっそー。俺も青春してぇ!」



 自分の席に戻る田中の背中を見ながら、俺は苦笑した。サッカー部で地道に頑張っている田中は十分青春していると思うが、やはり恋はデザートと同じで別腹なんだろう。

 俺も恋とは無縁の青春なんか、謹んで辞退させてもらうけどな。

 舞は図書室に行ったのだろうか。

 できれば今すぐ飛んでいって抱きしめたいくらいだけど、まずは放課後の居残り交渉を成功させなくてはならない。だって俺たち高校生が夜道を一緒に歩く大義名分なんて限られているから。



 ――それにさっきの桜庭に対する発言って……嫉妬?



 俺の頬は緩みまくっていた。

 少なくとも舞が桜庭のことを「迷惑」と思ったのは間違いない。桜庭はうっとうしいが、舞の本音が見えるならウェルカムと思ってしまう俺――。

 しかし年下の桜庭に散々ひどいことを言われて、舞も本当は傷ついているはず。

 でも大丈夫。あとでちゃんと慰めてあげるから、覚悟しておいて。
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