HAPPY CLOVER 4-学園祭に恋して-
 また廊下に出て、ふらふらと歩く。ゴミを捨てに行ったということは、1階まで降りてみるべきか。でもゴミを捨てるだけなら、とっくに帰ってきているはずだ。

 とりあえず階段を降りてみる。

 壁には翌日の来客へアピールするために、手書きのポスターが貼られている。学園祭運営委員会では各クラス5枚まで、好きな場所にポスターを掲示することが許可されていた。

 どのポスターもカラフルで、目を引く工夫が凝らされている。私にはそういうセンスがないから、どれもこれも「すごい!」と思わずにはいられない。

 中でも、おどろおどろしい雰囲気をかもし出しているポスターは、存在感抜群だった。私はそのポスターの前に立つ。

 ――ウチのクラスのお化け屋敷だ。

 幽霊のイラストや浮遊する人魂、そして案内文の書き文字――どれもササッと書いたような気安さがあるのに、これ以上ないほど調和していて、見栄えする出来だった。

「なかなかいいと思わない?」

 背後で声がした。

 驚いて肩がビクッと震えた。振り返ると、堀内くんが首を少し傾けて前髪をいじっている。

「これ、堀内くんが?」

「そそ。俺が描いたの。……意外?」

「あ、いや、すごく上手だな、と思って……」

 私の心を見透かすような笑みを浮かべて、堀内くんは「ありがと」と短く言う。

「まゆみがいろいろお世話になったみたいで、どうもありがとうございました」

「い、いえ、私はなにもしていませんし」

「アイツ、器用そうに見えるけど、本当は不器用でさ。友達付き合いとか苦手だし」

「えっ!?」

 思わず大声で堀内くんの言葉をさえぎった。友達付き合いが苦手なのは私であって、高梨さんではないはず。私は堀内くんの顔をまじまじと見つめた。

 堀内くんは切れ長の細い目を私に向けて、少しの間考えるように黙っていた。

 そして突然「その眼鏡……」と私の眼鏡を指差し、首を傾げてみせた。

「それ、わざと?」

「は?」

「ああ、わかった。清水が『その眼鏡のままでいて』とか言ってるんだ」

「いえ、言ってませんけど」

「へぇ。じゃあ、なにか理由でもあるの? 目立ちたくない?」

「……え?」

 私は堀内くんの発言の意味がわからず、かなり困惑していた。

「でもそこまでイメージダウンさせることもないじゃん。あ、わかった! アレだ。ギャップ萌え!」

 堀内くんは最高の思いつきだったとばかりに、のけぞって笑っている。

 逆に私はこれ以上ないほど冷静になっていた。



「私はなにも狙ってません。これが素なんです。これ以上悪くなることはあっても、よくなることはありえない」



 静かに言ったつもりだったが、私の声は階段の踊り場に反響し、空気を裂いて堀内くんに鋭く斬りこんだ。

 堀内くんは笑いを引っ込めると、数回まばたきした。言葉を探しているように見える。

「そんなことないって」

 しばらくして彼は言った。

「その眼鏡、変えるだけでも、かなり印象変わると思う。素材はすげぇいいのに、もったいないじゃん」

「…………」

 急に、顔が発火したように熱くなった。思考が止まり、返事が思いつかない。

 そこへ階段を上がってくる足音が聞こえてきた。姿が見えたと思った瞬間、驚いた声が辺りに響く。

「あっれー、舞ちゃん。こんなところでなにしてるの?」

 階段を駆け上がってきたのは、清水くんのイトコの神崎英理子さんだった。

 英理子さんは私の目の前にいる堀内くんをチラッと見て、わずかに眉をひそめた。

「あ、ポスターを見てました」

「舞ちゃん、堀内と仲いいの?」

 一瞬、堀内くんと顔を見合わせる。彼はこの展開を面白がっているのか、余裕の表情を浮かべていた。

「別にそういうことではなくて、このポスター、堀内くんが描いたって聞いて『へぇ』と思っていたところで……」

「ふーん」

 英理子さんは疑いのまなざしを私に向けた。

 いや、やましいことはなにもない。そう思いつつも、ドキドキしながら英理子さんの視線を受け止める。

 英理子さんは私から視線を外すと、おどろおどろしいポスターを見る。

「堀内って、こういう作風なんだ?」

「いや、いろいろ。これっていうのはない。あ、頼まれればラフ画も描くけど、神崎、モデルにならね?」

「絶対ならない!」

「気が向いたらいつでも言って。んじゃ」

 堀内くんは愉快そうに目を細めてお化け屋敷のほうへ戻っていった。

「なんなの、アイツ。ホント、エロい。ていうか、こんなところで堀内となにを話していたわけ?」

 私は憤慨する英理子さんをぽかんとして見つめていた。

「あ、えっと……なんだったかな」

「ラフ画とか頼まれていないでしょうね?」

「ラフ画?」

 私の頭の中には、スケッチブックに描かれたデッサンがほわんと浮かび上がった。

 すると英理子さんが私の目を覗き込むようにする。

「ラフは英語じゃなくて、裸に婦人の婦。つまりヌードモデルってこと!」

「……えっ。えええっ!!」

「ほら、やっぱりわかってない。もう舞ちゃん、ダメだよ。あんな男とふたりきりになったら……!」

 英理子さんは怒ったように口を尖らせ、それから私の腕に自分の腕をからませた。

「アイツ、絵の才能はすごいって認めるけど、他は全然ダメだからなぁ」

「才能!?」

「そうだよ。堀内は絵画の分野では有名人なんだよ。去年、ヤツの絵が有名企業のカレンダーに採用されてるし、とにかく将来有望な画家なんだって。……私は芸術とかまったくわからないけどね」

 私はもう一度お化け屋敷のポスターをまじまじと見つめた。

 ――どういうこと?

 人間誰しも意外な一面を持っているものだが、堀内くんがそんな有名人とは気がつかなかった。そもそも清水くんに比べると、堀内くんはそこまでのオーラを感じないのだ。

 ――いや、清水くんが普通じゃないだけで、堀内くんもかなりカッコいい男子だよね。

 そんなことを考えていると、突然腕をぐいと引っ張られた。
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