恋するキミの、愛しい秘めごと

ミーティングルームに入ると、カンちゃんはデスクの上にプリントアウトした資料を広げ、頬杖を付きながらそれに目を通していた。


「遅くなってすみません。お願いします」

部屋に入りドアを閉め、そう言って正面に座ると「はいよー」とやる気があるのかないのか、よく分からない返事が返ってくる。


「……どうでしょうか?」


目の前のその人は、イトコだけれど上司で、会社のホープ。

例えそれが、家では「便利だ」と言って人のヘアピンで前髪を斜め留めしているカンちゃんだと分かっていても緊張する。


おずおずと見上げると、少しだけ眉を寄せて。

「悪くはない」

と、何とも微妙なコメントを口にした。


“悪くはない”というのは、裏を返せば“良くもない”という事だ。


人目を引きにくい、水族館に併設される予定の博物館。

だから、少しでも人を集める物珍しいカフェを――というのが先方の希望。


「けど何かパッとしないし、マニアックというか……」

「……ですよね」


店内の照明を抑え、壁の至る所に様々な形の水槽を埋め込んで、綺麗な苔や水草をライトアップさせて展示するというもの。


癒しを求め、観賞用に苔や水草だけを育てている人達が増えていると聞いて、そんなカフェがあってもいいかと思ったのだ。


だけどカンちゃんの言う通り、どこかパッとしない。


「まだ多少時間もあるし、この路線でもいいからもうちょい詰めてみて」

「はい」


きっと上に言われてカンちゃんもカンちゃんで、代替案を考えているのだろう。

だからと言って、それに甘えてせっかくのチャンスを潰したくない。


もう一度気合を入れて資料に視線を落とすと、頭の天辺あたりに視線を感じて。

顔を上げると眼鏡越しに目が合って、クスリと笑われた。


「どうかしましたか?」

「いや、浮かれずに頑張ってるなーと思って」


浮かれずに――というのは、考えるまでもなく榊原さんの事だろう。


「多少は仕事に差し支えるかなーと思ったんだけど」


誰かと恋愛している私を目の当たりにした事がなかったカンちゃんは、恋する私をどんな風に想像していたのか。


「プライベートと仕事は別ですから」

視線を資料に戻してそう言うと、「やっぱり南場さんは出来る女だねー」とまた笑われた。


確かに平日に榊原さんに会う日は増えたけれど、そんな事で仕事を疎かにするほど恋に溺れるタイプではない――と自分では思っている。

何より仕事は楽しいし、そこは無理をしてでも頑張りたい。


けれど、結局良案は浮かばずに。

もう一度考えてみるとカンちゃんに伝え、その日は一日、自分の席で頭を抱えながら他の業務をこなす事になった。

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