恋するキミの、愛しい秘めごと

「宮野はね、自分の事にも人の事にも、嫌になるくらい冷静なんだ」

私から見たら、バカみたいに感情豊かなカンちゃん。

けれど確かに、仕事中の彼を見ていると、そんな感じに取られてしまうのかもしれない。


それがいい事なのか、そうでないのかは分からないけれど、もしもそれが何かの誤解の原因になっているとしたら悲しい気もする。


「俺にあの“地球”を盗られた時も、ただ一言『榊原さんを信用しすぎた自分が悪かったんで』ってそう言ってたよ」

「……」

「だけど、君の時だけは違った」

「私の……時?」


来た時には、仕事帰りのOLや学校帰りの学生が多く、ザワザワと騒がしかった店内も、時間が経つに連れ客層が入れ替わり、落ち着いた雰囲気になっていた。


だから余計に、榊原さんの声がハッキリと耳に届く。


「博物館のカフェの競合プレゼン、出来レースだって言ったの覚えてる?」

「……はい」


確かに榊原さんは、あのプレゼンは出来レースで、もう長谷川企画に決まっている。だから埋れるには惜しい、私の企画を使った――とそう言っていた。


それなのに、後日主催者である博物館側から私の企画に決まったと連絡があって、何が何だかよく分からなかったんだ。


「あいつは君の為に、長谷川企画のコネクションをぶっ潰してくれたんだ」

「カンちゃんが……?」

「それに、君の部署の増田《ますだ》部長も一緒になって、うちと繋がりのあった人物を担当から引きずり降ろしたんだよ」


少しずつ、感じていた違和感の正体に気付き始め、絡み合っていた糸が解けていくような、不思議な感覚を覚えていた。


噂になるほどの事なのだから、榊原さんがH・F・Rにいた頃から新規事業部にいた増田部長が、カンちゃんと榊原さんの間にあった事を知っていても、何ら不思議はない。


あのプレゼンの前後、ミーティングルームで打ち合わせをするカンちゃんと部長の姿をよく見かけた。

それに、あのプレゼンの日だってそうだ。

競合する他社に企画を盗まれたのに、処分もなく、それどころか「自分達にも責任がある」と言って……。


もしかしたらカンちゃんと部長は、最初から榊原さんや長谷川企画の行動を疑っていたのかもしれない。

そう思えば、全てに納得が出来る。


「自分の時はあんなにあっさり引き下がったくせに、日和の時は違った」

「……」

「ついでに、主催者側に高幡先生がいた事だって誤算だった」

「え?」

「あの“地球”が俺の名前でロンドンの美術館に飾られた時、あの人は会社まで“事情を聞かせて欲しい”ってやって来たんだ」


高幡さんは、榊原さんの存在も、彼が過去にした事も知っていたという事?


「……」

あぁ、そうか。

それで……。


何故他人の為にここまでしてくれるのか、と尋ねた私に――「私はね、大切な物を奪われて、傷付く人を見るのが嫌なんだ」――そう言って、悲しそうに笑っていた。


あれは、カンちゃんの事だったんだ。


グチャグチャに絡まっていた糸は、一つの答えを知るごとに、スルスルと解けて真っ直ぐな糸になる。
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