恋するキミの、愛しい秘めごと


私の返事に少しだけ間を取って、コーヒーをひと口飲んだ後、榊原さんが口にしたのは予想もしていなかった言葉だった。


「冴子は、俺の彼女だったんだよ」

「……え?」


――“冴子”。

カンちゃん以外の男の人の口から初めて聞くその響きに違和感を覚えながらも、頭の中にある記憶がフッと甦る。

それは、私が榊原さんに連れられて、初めて前田さんのお店を訪れた時の事。


『お前が女の子を連れて来るのなんて、サエちゃん以来だな』

彼は確かに、そう言っていた。


あの時は榊原さんの事を恋愛対象として見ていなかったから軽く流していたけれど……。


「もしかして、前田さんが言っていた“サエ”さんっていうのは……」

「あぁ、あいつは冴子の事を“サエちゃん”って呼んでた」


さっきまで解けかけていた一本の糸が、またグチャグチャと絡み始める。


だって、どうして?


榊原さんと付き合っていた篠塚さんが、今はカンちゃんと付き合っている。


篠塚さんが榊原さんの元カノだったとしても、彼が会社を辞めた後、同じオフィスで一緒に働く篠塚さんとカンちゃんが自然に付き合い始める可能性はある気もするけれど……。


きっと違うんだ。

だってそれはもう、榊原さんの盗用疑惑の後の事。

榊原さんの彼女だった篠塚さんを、カンちゃんはあえて選ぶだろうか。


「……」

愛とか恋とか。

理屈抜きで誰かを好きになってしまう事は確かにあるとは思うけれど。

このタイミングでこの話を榊原さんが切り出したという事は、きっとさっきまでの話に関係しているはず……。


「俺と宮野、いつも一緒にメシ食ってたって言ったでしょ?」

「はい」

「そこによく、冴子もいた」


同期の中でも、比較的仲が良かったカンちゃんと篠塚さん。

それに、カンちゃんの上司だった榊原さん。

いつの間にか3人で一緒に食事をすることが増えて、榊原さんと篠塚さんの距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。


だけどある時、榊原さんは気が付いてしまった。


カンちゃんに注目が集まるようになるにつれ、篠塚さんの瞳が自分よりもカンちゃんを追うようになっていた事に、気が付いてしまった。
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