恋するキミの、愛しい秘めごと
最後にこんな風に抱きしめられたのは、いつだっただろう。
きっとそれは、小学生の頃――“抱きしめられた”なんて言葉が相応しいのかも分からない――“抱きかかえられた”とか“しがみつかれた”とか、そんな言葉の方がしっくりくるような、幼い頃の出来事だったはず。
小さい頃はいつも一緒にいて、意地悪なカンちゃんがいつも私をからかって、常にケンカばっかりしていた。
だけどいつからか、少しだけ距離が出来て、それでもやっぱり側にいて。
だからきっと私には、カンちゃんを“男として見る”という機会さえ与えられなかったんだ。
“イトコのカンちゃん”は、イトコであって、家族のような存在。
それは私にとっての当然で、きっとカンちゃんにとってもそう。
何があっても、そこは変えてはいけないと、頭の中で警告音が鳴っている気がした。
万が一、その“当然”が変わってしまったら……。
――って、そんなはずがないでしょ。
私は一体何を考えてるの。
頬に触れる髪からは、相変わらずジャスミンのいい香りがする。
まるで自分を落ち着かせるかのように、瞳を閉じて、ゆっくりと吸った息を静かに吐き出す。
やっと目が覚めてきたのか、寝起きとは比べ物にならないほど頭がスッキリしている気がした。
――カンちゃんはイトコ。
今までもこれからも、それはずっと変わらない。
寝起きドッキリじゃないけれど、頭が働かない時にこんな良くわからない事態に陥っていたからパニックを起こしていただけなんだ。
そうじゃなきゃ、カンちゃんをあんなアホみたいに意識してしまうはずがない。
「よしっ!」
もう一度深呼吸をした私は、一人気合いを入れて声を上げた。
「カ、カンちゃーん、起きてよ! 苦しいんだけどっ!!」
出だしがドモッてしまったのはスルーして、とにかくお腹に巻きつく腕を引き剥がしにかかる。
しばらくそれと格闘していると、スッと力が抜けたそれが、私の体からスルリと離れていった。
そこでカンちゃんが一体どんな反応を示すのかと、やっぱりどこか緊張しながら固唾を呑んだ。
――それなのに。
「頭いてー……」
少しだけビクビクしながら振り返った私の耳に届いたのは、拍子抜けするほどいつも通りのカンちゃんの声。
寝起きのせいか、わずかに鼻にかかるその声は私をものすごく脱力させて、ほんのちょっとだけイラっとさせ……。
「おはよ」
「……」
「ヒヨ? どうした?」
「別に! 今日会議じゃなかったっけ? 起きなくていいのー?」
ムダにドキドキしてしまった記憶と、恥ずかしい事を考えてしまったという事実を、今すぐ消し去って欲しいと心から思った。
それから人の苦悩を知りもしないカンちゃんは、時計を見るなり「もっと早く起こせよ!」とあり得ない暴言を吐いて、バタバタと出社の準備をして玄関に向かった。
「……」
これで良かったはずなのに、いつも通り過ぎる彼の様子に何故か悶々とする。
そんな私に、出がけに振り返ったカンちゃんが言ったんだ。
「ヒヨ」
「んー?」
「昨日、ありがとうな。おかげでいい案浮かんだよ」
「……どういたしましてー」
何だかなー。
「じゃー、また会社で」
こんな笑顔を見せられたら、怒るに怒れなくて、結局こんな風に全部許してしまう。
「今日も一日よろしくお願いしますねー、宮野さん」
「はいはい。気を付けて出社して下さいね、南場さん」
これが昔から変わらない、私たちの関係なんだ。