恋するキミの、愛しい秘めごと

それから二人で近くのカフェで保温タンブラーを買って、海辺を歩いた。


「俺ね、大学の入学式パシフィコでやったんだ」

どこか懐かしそうにその白い建物を見上げる榊原さんは、ポツリポツリと昔の話をしてくれた。


小樽で生まれた榊原さんは、高校まで雪が沢山降る地元ですごし、神奈川にある工科大学に入って初めてこの場所を訪れたらしい。


「機械工学がやりたくて大学に入ったんだけど、入学式の日にここ来て、色んな物を見たら考え方が変わっちゃってさ」


その頃を思い出してか、フッと笑みを漏らしながら、少し日が落ち始めた空に伸びるインターコンチネンタルホテルを見上げた。


「一瞬で、“こういう、人をワクワクさせられる空間が作りたい”って思った」

「……」

「大学初日で目標を180度変えちゃうのもどうかと思うけど。それだけ俺は、この場所に魅かれたんだろうなぁ……」


クスクスと笑う榊原さんの手の中にあるタンブラーから上った湯気が、海風で柔らかく揺れている。


「だから、今日ここに来たいって南場さんに言われて、正直ビックリした」


この場所が彼にとってそんなに大切な場所だったなんて、知る由もない。

だけど何となく……。

本当に何となくだけれど、彼はこの場所が好きなんじゃないかと思っていた。


「じゃー、この場所が榊原さんの原点なんですね」

「そうかも」


だってこの場所から見える海の向こうの工業地帯は、どことなく彼の家の目の前に広がる景色に似ているし。


それに、きっと夜の観覧車から見える景色は……。

彼が大切にしている、あの夜の地球によく似ていると思うんだ。


「寒くない?」

「はい、コレのおかげでかなり温かいです」


首に巻かれたマフラーからは榊原さんの香りがして、さっきから心臓がドキドキとうるさいくらいに音を立てている。


私の言葉にホッとしたように目を細める榊原さんは、本当に優しい人だと思った。


「あと、こっちも……。何から何まで、本当にすみません」


ちょっと上げた手に持っている綺麗な茜色のタンブラーも、榊原さんが買ってくれたもの。


季節限定のハニーシナモン・ラテからは、ゆらゆらと柔らかい湯気が立ち上っていて、口をつけると、優しい甘さに体がポカポカと温まる。

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