ショートコメディの世界




暗くてよくは見えないが、おそらくヘラヘラと笑っているのだろう……
影山は、スマホを耳に当てながら出口の方へ向かって歩いて行った。


やれやれ、ウザい邪魔者も消えやっと映画に集中出来る……


啓子は溜め息をひとつ吐き、改めてスクリーンへと目を移した。



と、その時であった。






「なんだって!マリが死んだ?」


出口の扉の手前で、影山の悲痛な声が響いた。


「そんな……だって…昨日まであんなに元気だったのに……」


影山へかかって来た電話は、訃報を報せる電話だったのだ。


それを知った啓子の意識は、映画よりも自然と影山の電話の方へと傾いていた。


『マリ』とはいったい誰なのだろう……奥さん?…恋人?…それとも、最愛の娘だろうか……


「どうしてだよ……そんなのあんまりに酷過ぎるだろ………」


影山の声は震えていた。


『マリ』とは、彼にとってよほど大切な人物だったに違いない……


最初こそ迷惑に思っていた影山の電話だったが、今では彼の携帯の電源が入っていた事は、彼にとっては不幸中の幸いであったと啓子には思えた。


もう、映画の内容など啓子の頭の中には全く入ってはこなかった。


啓子は、まだ上映途中の映画鑑賞を切り上げ、席から立ち上がった。


スクリーンに背を向け、悲しみに明け暮れている影山のもとへと歩みを進めて行く。



「これ、良かったら使って下さい」


影山に自分のハンカチを差し出した。


「あ…ありがとう……」


影山は少し驚いた顔をしたが、素直に啓子の好意に甘えた。


「お辛いでしょうね……」


「マリと初めて出逢った夏祭りの夜の事を思い出していました……」


影山はハンカチで涙を拭いながら、そう答えた。



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