スーツを着た悪魔【完結】

「ここに何が書いてあっても、俺はまゆを選ぶよ」

「深青っ……!」

「それにお前、少し勘違いしてる。俺の両親だって、相当苦労をして一緒になったんだ」



深青の言葉に、頼景は怪訝そうな表情を浮かべる。


深青の両親は、子供が成人した今でも、愛し合っているのが誰の目にも明らかなおしどり夫婦なのだが――相当な苦労をして一緒になったというのは、子供たちのみが知ることだった。



「とにかく……オヤジしかり、豪徳寺の男は皆しつこい」



頼景に笑いかけると、彼は毒気が抜けたように表情を緩め、そしてうつむいた。



「本当に……本気なんだな……」

「ああ。実はまゆにも拒まれてるんだ。俺。だけど、あきらめるつもりはないし」

「そうか……」



そこでようやく、頼景は微笑みを浮かべ、深青を兄のように優しげに見つめ、改めて、テーブルの上のグラスにワインを注ぐ。



「まぁ、貸しといてやるよ」



グラスを合わせる二人の夜は、静かに過ぎて行った――。






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