月のあかり
第1章 満月の出会い
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「す、すみません、すぐ作り直します」
 
 彼女は水割りを濃く作りすぎて、お客の癇癪をかってしまった。
 その彼女は『あかり』という源氏名を名乗っている。
 まだこういった仕事の経験が浅くて不慣れなのか、何をするにもドギマギと緊張しているようで、怯えた子猫のように行動がおぼつかない。
 ほとんどの女の子が茶髪や金髪に染めているのに、彼女だけは黒く艶やかなセミロングの髪をしていて、ある意味で他の女の子と一線を画した異彩を放っていた。
 なんだかそんな地味さや奥床しさが、こういったお店では似付かわしくない純朴ささえ醸し出していて、ぼくは彼女のことが気になって仕方がなかった。
 
 
 煌々と満月の輝く3日前の夜に、初めてこのお店に飲みに来て、ぼくはあかりと知り合った。
 繁華街の信号のない交差点で、車のクラクションに追い立てられながら道路を渡り、彷徨うように此処に辿り着いた。
 いわゆる《キャバクラ》といったお店には来た経験はあった。けれども今夜は、好奇心旺盛な友人に連れられて、なんとなく行き当たりばったりの調子でこのお店に来てしまった。
 
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