アドラーキャット





ふわーっと甘い匂いが漂う店内。
あー美味しそう…

私の顔は思わずニヤついてくる。



「甘いものっていいですよねぇ」

「お前気持ち悪いくらいデレデレしてんぞ。」

「甘いものって世界平和だと思うんですよ」


傑先輩の失礼な言葉も気にならないくらい今の私は機嫌が良かった。

そんな私を傑先輩はじっと見つめ、何か言いたそうに目線を動かす。
何だろうと思い二分ほど待ってみたがまだ言い出さない。

いつまでもキョロキョロされると居心地が悪いので私から話しかけてみることにした。



「先輩、目がうるさいです。何か用ですか?」

「いや、用っつーか、お前、本当一回は話した方がいいぞ。」

「何をですか?」

「荻野目と。」

「チッ」

「おい舌打ちすんな俺先輩だからな!」



聞きたくない名前を聞いてしまって思わず眉を顰める。
また、無意識に舌打ちもしていたようで。

私の女子力のなさが露呈してしまった。



「本当にお前の勘違いってこともあるだろうし、荻野目の言い訳も聞いてやれ。」

「言い訳する男ってみっともないですよねー」

「何で俺を睨むんだよ!俺は言い訳しない男だ!」

「いいです、もう別れます、めっちゃ美人とキスしてデレデレしてる人の弁解なんて聞きたくないです。」

「デレデレしてるとこ見たのかお前」

「美人にキスされてデレデレしない男がいるとでも思ってるんですか!?」


ふーふーと怒る私に傑先輩は少し身体を引く。
はぁ、と呆れたようにため息をつかれた。



「お前がそう言うんだったらもうそれでいいけどよ、お前、軽いぞ」

「は!?」


身に覚えのない言葉に思わず身を乗り出す。


「私がですか!?半年単位で彼女変わる先輩に言われたくないんですけど!!」


「一年間単位だ馬鹿野郎。そういう軽いじゃなくてな、なんか、言動とか考え方とか。」

「言動……?」


「荻野目のこと信じてないし話も聞いてやらないし、別に良い人が出てくるとすぐニコニコしてフラフラするし。荻野目に捨てられても文句言えねーぞ。」

「なんで荻野目くんが捨てる側なんですか。私が捨てるんですよ。」

「……もういーわ、ほら、世界平和が来たぞ。」



傑先輩の言葉に横を見るとちょうどキッチンから店員のお兄さんが出てくるところだった。
その手が持っているのは焼きたてのアップルパイ。

ふわーっと甘い匂い。
テカテカとコーティングされた表面。
パリパリのパイ生地。


あんなに魅力的に思えていたものが、なんだか今は霞んで見える。

ムカムカしたものが胸いっぱいに溜まっていて、何も食べる気がしなかった。




< 102 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop