・*不器用な2人*・
「誰か、先生呼んで来て!」
たまたま傍に居合わせていた女子がそう叫ぶのを、梶君が慌てたように止めた。

木山君はいつまで経っても身を起こさずにボーッと視線だけを彷徨わせている。

噂を聞いたのか息を切らせて走って来ためぐちゃんは、木山君を見て慌てたように駆け寄る。

私もめぐちゃんに続いて階段を下りた。

「木山君、大丈夫?頭打った?」

その言葉に木山君は眼だけを動かしてめぐちゃんを見上げる。

「別に平気だよ、これくらい」

木山君は表情を引き攣らせながらももう見慣れた笑顔を浮かべる。

「平気じゃないよね、立てないんだよね?」

めぐちゃんが呼びかける中、バツの悪そうな表情を浮かべながら屋上メンバーたちも降りて来る。

「大丈夫じゃないなら、痛いなら、そう言えって。
笑ってたって伝わらないんだよ。
あんたがどうでもよくっても、私たちはどうでも良くないんだよ」

めぐちゃんの言葉に木山君は何も返さず、ただ笑顔を浮かべているだけだった。

「みんな、あんたのことが好きだから、何言われたって何やられたってこうやって心配してるんじゃん、察しろよそれくらい」

めぐちゃんは立てつづけにそう言ってから、木山君に手を伸ばす。

木山君は少しだけ躊躇ってから、めぐちゃんの手を握り返した。



保健室の電話で木山君の自宅に電話をかけた保健医さんは、困ったように言う。

「電話がずっと留守電なんだけど……、他に誰か迎えに来てくれる人とかいない?」

そう聞かれた木山君はベッドのふちに座ったまま「いません」と答える。

木山君の足もとに座っていた浅井君が溜息をつきながら「俺が送るよ」と答える。

「いや、送るって言われても……俺歩けないんだけど」

木山君がふてぶてしく言うと浅井君は笑顔を浮かべる。

「俺、お前の弟背負って歩いたことあるんだよ」
「は?淳を?お前よりデカいのに?」

木山君は驚いたように浅井君を見下ろす。浅井君は笑いながら頷いて、自分と木山君の鞄を私とめぐちゃんに渡す。

「ってことで、俺が送ってもいいよね先生」

浅井君に振りかえられた保健医さんは一瞬だけ苦い顔をして、「本気?」と訊ねたものの、結局は承諾してくれた。

当然のように背負って歩くなんて目立つようなことはできず、結局は浅井君が木山君に肩を貸した。

「木山の家って何処の駅で降りるの?」

浅井君に聞かれた木山君は即座に「徒歩通学」と答える。




家の前に立った木山君は、先ほどまでまったく気にしていなかったのに、急に前髪を気にし始めた。

私たちは彼を見送ってその場から離れたものの、しばらく歩いた先でつい振り返って様子を窺ってしまう。

木山君がチャイムを押す前に家の扉が開いて中年の化粧っけのないおばさんが門のところまで出てきた。

「龍一、あんたは怪我するかさせるか以外にやることはないの?
お父さんも怒ってたからね、早くこっちに入って来なさい」

おばさんに声を掛けられた木山君は項垂れながら門の中へと入って行こうとする。

慌ててめぐちゃんが彼へと駆け寄って行った。

「木山君……!」
家へと入ろうとしていたおばさんと木山君が振り返る。

おばさんは怪訝そうな表情のままめぐちゃんを見下ろした。

「貴方、何の用?」

「私は、木山薫君の友達です」

めぐちゃんがハッキリと言うと、おばさんは不快そうに答える。

「薫って、誰のこと?」
慌てて私もめぐちゃんの横に立つ。

木山君は少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、めぐちゃんに向かって言った。

「日野さん、何言ってるの。俺の名前は木山龍一だよ」

おばさんは私たちを無視してサッサと家の中へと入ってしまう。

木山君はおばさんの背中と私たちへ視線を何度か左右させたものの、やがて門へと寄って来た。

「昔から、何をしても駄目なんだ、俺」

彼はそれだけ言った。

他に言葉を繋げようとし、それをすべて飲み込むようにして笑うと、私たちに背を向けて家の中へと入って行ってしまった。

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