・*不器用な2人*・
「えー、お前中学の時も野球部だったの?
俺高校からなんだよねー、色々教えてよ」

浅井から肩をばしばしと叩かれ、ようやく笑顔を作ることができた。

中学のクラブハウスよりは整頓されているし窓も開いていて広かったけれど。やはり閉鎖された空間は息が詰まりそうになる。

「俺も、中学はバスケだったから、野球初めて。
よろしくね、梶」

やんわりと笑顔を作って手を差し出してきた男子に、一瞬だけ息を呑んだ。

その場で作った不自然な笑顔と、有り得ないほど冷たい掌。そして俺の手に伸ばしっぱなしの爪を食い込ませるその冷たさ。

「木山です」

笑顔でそう言われた時、心臓が跳ね上がった。

「おまえ運動部なんだから爪くらい切れよ」

教室での自習時間、そう声をかけてみた。

木山は茶化したように「梶は細かいな」と言ったけれど、翌日には爪を短くして来た。

どうしてバスケ部に入らなかったのかと聞いたら、顧問の先生が嫌いだからだとあっさり言われてしまった。

見た目いいし、頭もいいし、運動だってできるし、割と性格いい感じだし。
面白い奴だな、と思った。



「……人が死ぬ時っていうのはさ、前触れってものがあるんだよ」

中学の時、葬儀に一緒に参列した先輩からボソッと言われた。

「サインってものが必ずある。幾つもある。
そのどれか1つでも気付いたのなら、声をかけてやれ。優しくしてやれ。もう過保護なくらい甘やかして甘やかして、自分の子供みたいに抱きしめてやれ」

先輩は木下の遺影を睨みつけながら俺に向かってそう言った。

もう次はない。別れなんてもう2度とない。

そう思っていた矢先のことだったので少しだけぎくりとした。

「それができなかったら、お前はもう1度、あの光景を見るんだぞ」

先輩はそれだけ言うと俺の頭を軽く叩いて葬儀場から出て行ってしまった。

――あの光景。

眼球が零れおちんばかりに目を見開いて、口からは胃液や唾液を溢して、ズボンには失禁の染みを作り、まるで抜け殻のようにだらりと垂れ下がる仲間。

俺はサインに気付いていながら、一体何をしてやれたのだろうか。

また次があるのだと、もう1度があるのだと先輩は言っていた。



「あー、ちょっと気分悪くなってきた」

問題集を前にしながらそう言って笑う木山の顔が一瞬だけ木下の顔に変わり、俺を睨んだような気がした。

「梶、聞いてる?心配してよちゃんと」

冗談交じりにでこピンをされ、我に返る。

「保健室行くか?」

俺が言うと、木山は「さんきゅ」と笑いながらまたすぐ問題集に取り掛かった。

木下香と木山薫。
名前が近いからだろうか、初対面の状況があまりにも被っていたからだろうか。
重ね合わせないわけにはいかなかった。

そして、この無邪気な笑みを浮かべたクラスメートは、度々俺の目に死体として映り込んで来た。

――お前はもう1度、あの光景を見る。

その先輩の言葉はいつも頭の片隅に残っていたわけで。

「木山、やっぱり保健室行こうか」

俺が声をかけると、木山はパッと顔を上げた。

「え、さっきのただの冗談だよ?」

そう言う彼に「良いから」と低い声で言う。

――吐きダコだらけの右手を見て、何も感じない程バカだと思うな。

かつてのクラスメートに言えなかった言葉を、俺は木山にも言わなかった。

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