夢現
涙の種
ふらふらと街中を歩く
昼間でも薄暗い路上に、あまりきれいとは言えない敷物の上に不可解なものをたくさん広げている男がいた。
「何が欲しい?」
男がそう僕に声をかけた。
僕は、半ばやさぐれた気持ちになっていたので正直に答えた。
「僕の欲しいものは誰もくれない」
男は笑った。
「言ってみるといい。意外に欲しいものは手に入るものさ」
僕は暫く考えてから言った。
「泣けるようになりたい」
男は笑った。
「初めから言えば良いのに」と言って。
男は懐から何かを出した。
ころんと小さな黒いもの。
「これは涙の種だ。自分が今泣きたいと思ったタイミングでこいつに水をやればいい。そのうち花が咲く。そしたらお前は泣けるようになる」
そう言った。
胡散臭いにもほどがある。
僕は苦笑いした
それでも男は真顔だった。
あんまり真面目に言うから「いくらだい?」と聞いてみた。
言われた金額は飴玉を一つ買うくらいのものだった。
「いいよ、それをくれよ」
あんまり安いから、とりあえず買ってみた。

僕は自宅に帰り、種を土に埋めた。
「今泣きたい」
そう思ったタイミングで種に水を与えていく。
そうするうちに気づいた。
意外に自分が泣きたがっていた事に。
種はすくすくと育ち、芽が出た。
双葉になり、どんどんその背丈を小さいながらも伸ばしていった。
そしてつぼみがついた。
「もう少し、もう少しで泣ける」
馬鹿だとは思いながらも妙な期待が募る。

ある夜とても疲れていた。
この世の中で自分が一番不幸ではないかと思えるような夜。
花が開いていた。
それを見た時、僕は笑っていた。
やっぱり胡散臭いとは思っていたんだ。
泣くどころか、今僕は笑っているじゃないか。
あの嘘つきめ。
詐欺師め。
いろいろ、悪い言葉が沢山浮かぶ。
沢山浮かぶのに、僕は今笑っている

まあ、悪い買い物ではなかったさ。
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