洗い物は後ほどに
☆☆☆☆☆
 カナエは料理に精を出していた。彼女は料理の前段階である調理器具にこだわる。その準備こそ物事を円滑に進めるコツであると彼女は考える。準備なくして勝利はないのだから。
 まな板と包丁がリズミカルな音を立てながら、食材の香りを運んでくる。調理器具から音を放出しているからといって、ここでコンポから音楽を流してはいけない。耳を澄ませば音はあちこちに溢れ、自然発生的な音を組み合わせることに純粋無垢な〝音楽〟が完成するのだから。
「いい匂いだ」とメグロ。彼に限っていえばカナエの料理を好む。まな板のように安定感のある背中に、その背中を保持する者だけが許されるベリーショート。屈強=ベリーショートはカナエにとって同義語だ。それに比べカナエの彼氏は知的労働という名のパソコンオタクである。付き合えば会話は噛み合わず、外食を好む彼氏。そのせいかカナエは体重が数キロ増加した。
 なぜ付き合った?
 IT系は潤っている。お金目当て。そうカナエは結論づけることにした。その潤沢な彼氏をキープしつつ、別の男に色目を使っているから、女って怖い、と自分自身で思う。

 タマゴサンドウィッチとオムレツと玉子スープというタマゴ三段攻めをテーブルに並べた。
「僕はタマゴ料理、好きなんだ」メグロは屈強な体躯に似合わず、〝僕〟といった。〝俺〟ではなく。そこに誠実さをカナエは見いだす。
「でも、味にはうるさい」
「まあね」
 メグロはシェフだ。体躯に似合わず芸術的な料理を生み出す。お皿一つとってもぬかりはない。
 彼はサンドウィッチを一口頬張った。「この味ならお客さんからお金を頂ける」
 彼の優しさが言葉の節々から伝わって来る。食欲も旺盛。全てを綺麗に平らげた。その光景にカナエは自然と笑みがこぼれた。窓から陽光が侵入し、彼女を照らした。
「光に照らされた君はより一層綺麗だよ」カナエの背後からメグロが抱きついた。
「洗い物しないと」
「まずは僕らを洗わないと」
 その一言が性への着火弾となり、彼の指先が彼女の背中を伝い、背骨を繊細になぞる。もう一度。さらに繊細に。もう一度。より刺激的に。その刺激に耐えられなくなりカナエはくるりと向きを変え、彼を力強く抱きしめ、同じように背中に触れ、唇を融合させた。もう一度。さらに激しく。もう一度。より長く。カナエはまな板のような背中に触れながら、彼に調理されるのを待った。
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