キスの意味を知った日


「こんな自分、消えてしまえばいいっ!」


そう叫んだ瞬間、もの凄い勢いで抱き寄せられた。

その瞬間、一気に目の前に櫻井さんのスーツが見えた。

煙草の匂いと香水の匂いが、いつもより近くに感じる。


櫻井さんが、私を抱きしめている。

そう分かるまで、少し時間がかかった。


「――」


急な事で、思考が追い付かない。

ただただ、彼の胸に頬を付けている。

驚きすぎて、涙も引っ込んだ。

すると。


「暖かいだろ。人って」


そんな言葉が聞こえたかと思ったら、少し抱きしめる力を強くした櫻井さん。

温かく包まれる、その腕の中で息を詰めた。


バクバクと心臓が早鐘のように打ち始める。

だけど、どうしてだろう。

ゆっくりと、逆立っていた心が落ち着いていく。

そして、ぽっかりと心に開いていた穴が、少しづつ埋まっていく。

寂しさが、和らいでいく。


「幸せになる事を怖がるな。自分をもう少し信じてやれ」


そっと、私の耳元で吐息と共に彼の声が聞こえる。

そう言って、もう一度強く私を腕の中に閉じ込めた。
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