キスの意味を知った日







「ねぇ聞いた~?」


ガヤガヤと騒がしい居酒屋の中に、間延びした美咲の声が聞こえる。

ボーっと枝豆を口に運んでいた私は、それで意識を思考の中から現実に戻した。


「何が~?」

「明日から出向で、うちの課に新しい人が来るみたい」

「あぁ、そうみたいだね」


モグモグと口を動かしながら、そう言う。

週末の居酒屋で美咲と久しぶりに酒を酌み交わす。

最近バタバタしていたから、こうやってゆっくり飲むのは久しぶりだ。


「それが、噂では超可愛い子なんだって」

「可愛い子ねぇ……」

「あれ? 違う。癒し系? だったかな?」

「どっちでもいいよ。仕事さえできれば」


偏見かもしれないけど、可愛い子って仕事がトロイっていうイメージが私にはある。

暇さえあれば、鏡覗いている……みたいな。


もう辞めてしまった子だけど、以前、猛烈に見た目に拘っている子がいた。

今みたいに、入社前から可愛い子が来ると騒がれていた。

実際可愛い子だったから、周りのアホな男社員も、可愛い可愛いと煽てた。


調子に乗ったその子は、毎日仕事場とは思えない服装で出勤してきて、香水バンバンつけて、大きな化粧ポーチをぶら下げて、暇さえあればトイレで化粧直し。

話す話題と言えば、お洒落と男の事ばかり。

そのクセ、仕事は全く出来なくて、ミスばかり。

結局半年もしないうちに辞めてしまった。

正直言って、私はその子が大嫌いだった。


だから、『可愛い子』と聞くと無条件でその子の事を思い出してしまう。

拒否反応が出てしまう。
< 191 / 353 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop