青いネクタイ
門を潜ると桜並木が校舎の前にずらっと続いている。左側に校舎、右側に5段、階段を下ると広い校庭が広がっている。

風が吹いて桜の花びらが舞う。下から舞い上がった風は道にばらまかれた花びらを巻き上げて校庭に散っていった。

わ、桜吹雪……

桜の花びらの先を追って校庭に目をやると人が一人見えた。

今日、集まることになっている同級生の誰かだろうか。

階段を降りていくと、校庭には、ど真ん中にその人がいるだけだった。

スーツを着た男の人。

その人の後ろ姿は50代くらいに見えた。
しゃがんで何かをしている。

何をしているんだろう。

スーツを着たその後ろ姿はしゃがんだまま地面に落ちた何かを拾っていた。

この学校の先生だろうか?
その時、何かがわたしの中で弾けた。
何かが、わたしの中で囁いている。

その人の背中は、すっくと延びていて、その上にある白いものが混じった髪と非対称な印象だった。

心臓の音が激しく波打って耳の中で鳴り響く。

ドンドンドンドンドン…

何かに追い立てられるよう。

言葉が、出ない。

気持ちは溢れてくるのに声が出ない。

「アタタタ…」

その男の人は声を出して立ち上がった。腰に右手を当ててトントンと叩く。

左の手にはおもちゃの赤いバケツを持っていた。

その人が体を捻ってこちらに振り向いた瞬間、目が合ってその人の動きが止まった。わたしの動きも止まる。

「向…井さん……?」

その人は言ってからしまった、という顔をした。わたしが反応を返さないので間違って名前を呼んでしまったと焦ったのだろう。

「……はい…向井です……先生…」

固まっていた姿勢を正すとしゃがんで足元に赤いバケツを置いた。

胸には、あの時もしていた青のネクタイ。

ぽろぽろと涙が出て止まらない。後から後から、ぼろぼろぼろと、止めどなく涙が溢れた。
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