Temps tendre -やさしい時間-
第1章 クリスマスイヴ
 こずえは海が見えるこの校舎の屋上が好きだった。
 
 キラキラと光る水面。
 水平線に向かって沈む太陽。
 頬を撫でるように吹く潮風。
 
 でも、もうこれで見納め。
 
 こずえは静かに靴を脱ぎ、靴のつま先をそろえた。
 そして首に巻いたマフラーが落ちないように、しっかり巻きつけた。
 腰よりも高い手すりに手をかけ、片足を上げ乗り越えようとした。

「死ぬの?」
 
 こずえはその声にびっくりして、そのままの状態で声のする方を見た。
 上げた片足の先にあるベンチに人がいた。
 それも頭をこちらに向けて、仰向けに寝そべっていた。
 タバコをゆっくり吸いながら。

「パンツ、見える」

 その人はさらに顎を上に向け、こずえの方を見て言った。

 こずえははっとして、慌てて足を下ろし顔を真っ赤にしてうつむいた。

「俺も一緒に飛んじゃおっかなぁ」
 
 その人は吸っていたタバコを空に向かって指先ではじき飛ばした。

「なっ、なんであんたまで死ぬのよ」
 
 こずえは下を向いたまま聞いた。

「うーん、つまんないから、かなぁ」

「そんな理由で? バカじゃないの?」
 
 こずえはパッと顔を上げ、睨みつけた。

「そう。俺ってバカなんだよねー。お前どうせ死ぬんだったら一発ヤラせてよ」

「はぁ? バカ!」

 こずえはそろえた靴を履き、怒りながらその人の横を通り過ぎようとした時、その人が腕を掴んできた。

「きゃーっ! 何すんのよ……?」

 その人はこずえを自分に引き寄せギュッと抱きしめた。
 
「ごめん、ちょっとだけ、抱きしめさせて……」

 その人はこずえを抱きしめながら声を殺して泣いていた。


 夕陽が海に沈み、夜の闇がゆらゆらと下りてきてふたりを包んだ。

 街ではクリスマスソングが流れているのか、かすかに風に乗って聞こえていた。
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