主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
もう何日経ったのだろうか…


椿姫を食っては泥のように眠って、その繰り返しの日々が…もう何日続いたのか?

時間の感覚も乏しくなって床に突っ伏して眠りこんでしまった主さまは、うわごとのようにいつもひとつの名を呼び続ける。


「………息吹…」


美しい唇がその名を漏らす度に、椿姫は巫女服をかき抱いて心を傷める。


きっと…大切な女の名なのだろう。

妖と言えど、人のように誰かを好きになるし、愛するのだ。

それを羨ましいとも思い、そして酒呑童子と対決させて相打ちを狙っている自分勝手な自身の浅ましさに辟易する。


酒呑童子もこの男も、この身を食ったことのある妖は皆――食っている間は正気を失って食い続けた。

そんなに自分の身体は美味いのかとぼんやり考えながら食われて、すぐに再生する身体に吐き気を覚える。


この男も…百鬼夜行の主も、そうなるはずだった。


「あなたは…違う…。時々我に返って…息吹という名の方を呼ぶ。でもあなたを行かせてはならないのです。…私のために、どうか…」


「…………いぶ、き…」


自分を貪り食う代わりに、酒呑童子を倒してもらう。

そうすればすぐさま姿を消してこの男の前には二度と現れない。


…息吹という名の女のためにも。


「どうして…来て下さらないの…?酒呑童子…様…」


酒呑童子に捕らえられてから毎日のように会いに来ては食われたというのに、百鬼夜行の主が現れてからぱたりと来なくなった。

この男がよほど恐ろしいのか、監視役も茨木童子も消えてしまった。


そしてこの男――

自分を食うことはしても、酒呑童子のように手を出そうとしない。

1週間もこの本堂で二人きりなのに――女としての魅力が無いのか悩んだこともあったが、息吹という女を深く愛しているが故なのだろう。


「ごめんなさい…でも…あなたがここに居て下さればあの方は必ず現れるはず…」


我に返ると本堂から飛び出てまたあの名を叫んで出て行こうとする度に、腕に爪を立てて抉って妖にしか匂わない香りでまた酩酊状態にさせて、本堂の中へ引きずり込む。


ただ、その繰り返し。


「早く…早く会いに来て…酒呑童子様……」


憎くて恨んでいる男を待ち続ける。

笑みを浮かべてこの身を弄ぶ、あの男を――

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