主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-②
屋敷に牢はないので、逃げられないように身体と両手を縄で縛られた椿姫は、父親から糾弾されていた。


「わしの可愛い娘はどこに!?まさか…お前が食ったのか!?」


「ち、違います!お父様…私が椿です。信じて下さい!」


「妖にお父様などと言われたくないわ汚らわしい!椿の居場所を吐かぬとお前を殺すぞ!」


どれだけ訴えても信じてもらえず、傍では母親が両手で顔を覆って泣いている。

本当に自分が椿なのに、どうして信じてもらえないのかと言葉を失って絶句していると、先ほど小鬼の首を落とした凄腕の使用人が急に刀を抜いて近寄って来た。


「な、何をするのですか…」


「椿姫様の姿を真似たお前は先ほど小鬼に食われていた様子だったが、それは縁起なのだろう?椿姫様をどこにやった?なぜあんな惨い醜態を旦那様に晒した!?」


「ですから私が椿です!散歩していたら小鬼に襲われて…」


「そんな戯言を信じるものか!」


縄で縛られていた両手に何か違和感を感じた。

ゆっくり視線を降ろすと――両の手首は膝にぽろりと落ちていて出血もなく…これはやはり夢ではなく現実なのだと思い知らされた椿姫と父親たちが絶句する。

そしてみるみるうちに肉が盛り上がって再生して、真っ白で細い手が生えてくると、部屋は悲鳴に包まれた。


「ひぃい!やはり妖だ!」


「そんな…!違います!何故私はこんな身体に…!?お父様、信じて下さい!」


――誰も聞いてくれない。

思い思いに悲鳴を上げて、思い思いに罵詈雑言をぶつけてくる。

そんなひどい目に遭ったことのない椿姫は、がたがたと身体を震わせて静寂が戻ってくるのを耐えるばかりだ。

だがその静寂はなかなか訪れず、そしてとうとう…柔和だった父親が悪鬼の如き表情で告げた。


「…椿姫の姿をとった妖を殺すのは忍びない。娘はわしらが捜す。お前はもう2度とこの屋敷に近付くな!次に見かけたら…殺す!」


「お父様…!お母様!信じて下さい!私が椿です!」


両脇を抱えられて無理矢理立ち上がらされた椿姫の懐に、父親がわずかばかりの金が入った小袋を入れてきた。

苦悩にまみれた表情で…心底椿姫を…自分が居なくなったことを案じている様子で…胸が張り裂ける。


「お父様!」


「去れ!」


屋敷から追い出されて門を閉められる。

何度も叩いても門は開かず、傷つくはずの手は…無傷のままだった。
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